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7.呉服屋奇々怪々
 先日一人の老婦人が店のウィンドウを眺めていた。店頭にお客様がいれば気になるのが商売人である。彼女の動きを見ながら頃合を見計らって接客に近づいた。彼女は店内に足を踏み入れながらもウィンドウに目をやっている。

 店のウィンドウにはできるだけ季節の商品を飾る事にしている。頃は6月末、高級ゆかた類を飾っていた。絹紅梅、綿紅梅、長板染それに小千谷縮である。彼女は絹紅梅に目をやりながら店内に入ってきた。

「いらっしゃいませ、紅梅ですか。紅梅でしたらこちらに色々とございます。」
 私は彼女の意を察して言ったつもりだった。その着物を着た八十歳位の婦人はいかにも着物を着慣れている。しかし、彼女の関心は紅梅ではなかった。
「いいえ、紅梅はいいんです。そこの小千谷・・・。」
 彼女はウィンドウの小千谷縮を注視して言った。
「小千谷でしたらこちらです。」
 今年は小千谷縮を充分に仕入れていた。少々仕入れすぎたかと思ったほどである。 並んでいる小千谷縮を見て彼女が言った。
「小千谷縮・・・・・、あるんですね。」
 何か感心したように彼女が言った。私は彼女が何を感心しているのか、その表情が不思議に思えた。
「こちらは紺の縞です。これは無地です。」
 そう言って小千谷縮を広げて見せた。彼女の表情は益々複雑になっていく。
「小千谷ってあるんですか、こんなにたくさん。」
 そして、値札を見てまた言った。
「こんな値段なんですか。」
 値段は3万8千円である。小千谷縮などはどこでも価格にそう開きはないはずである。良心的な呉服屋ならば4万円前後で売られているはずである。そして、彼女の口から信じられないような言葉が出てきた。
「夏は小千谷に限りますね。私はいつも着物なので小千谷が欲しかったんです。しかし、家に出入りしていた呉服屋さんが、小千谷の機屋は全てなくなってしまって小千谷は今は織られていないと言ってたんです。ですから諦めていました。もしもあったとしても10万円位はするだろうと・・・。」
私はその言葉に驚いてしまった。

 呉服業界の不況は今に始まった事ではなく、廃業する染屋や機屋も多く、確かに昔に比べて商品が手に入り難くなっているのは事実である。しかし、小千谷縮に関して言えば、機屋は織り続けているし、商品が手に入らないという事は全くない。問屋の売込みをかわすのに苦労するぐらいである。少なくとも呉服屋の口から、「小千谷は入手できない」 それも 「小千谷は織られていない」 という言葉が出るとは信じられなかった。

 さらに聞くと、その呉服屋に小千谷はないと言われたのは3〜4年前の事だという。そして、いままで小千谷縮を欲しいと思ったけれども、お目にかかれずたまたま私の店のウィンドウで小千谷を見かけたというわけである。私はその話を聞いて、驚いてしまった。

 小千谷縮は格別希少な織物ではない。遠い将来には織られなくなる事もあるかもしれないが、今のところ安定供給されている。その呉服屋が何故小千谷縮は織られてないと言ったのだろう。

 まともな呉服屋であれば、小千谷縮が織られている事など知っているはずである。小規模の呉服屋であれば仕入れルートがないという事は有り得るけれども、それはあくまでも仕入れルートがないというだけで、生産されていない訳ではない。つまり、その呉服屋は嘘を言ったとしか思えないのである。そのご婦人は小千谷ではなく、手持ちの商品を買わされて未だに仕立てもしていないという。

 結局、その値段ならば、と二反買って帰られた。私の店の小千谷縮はバッタ商品でも何でもない。今年当たり前に仕入れた商品である。彼女が小千谷縮は織られていないと思っている事に加えて無地や縞の小千谷が10万円もすると思っている事に私は驚きを越えて憤りを感じていた。

「きものは高い物」その感覚は呉服屋が植え付けているのである。きものは決して安いものではないが、巷で言われている程高い物ではない。呉服屋は客をツンボ桟敷に置き、自分の商品を高い値段で売りつけようとしてはいないだろうか。 そのお客様は、きものが好きな方だったのできものの話をした。しかし、彼女のきものに対する感覚は私のそれとは随分と違っていた。彼女は普段着と言われるきものは既に姿を消していると思っていた。麻の襦袢、サマーウール、ネル、メリンスなど、会話に出てきた商品を棚から出して見せると、驚いたように
「へえー、○○はまだ有るのですか。」
の連発だった。
「ネルもありますよ。」
と目の前に並べたネルの反物をしげしげと見ながら懐かしそうな目をした。

 ネルやメリンスが既に姿を消してしまっていると思っている彼女は特別な存在ではないのだろう。どれだけの人間が、きもの愛好者がツンボ桟敷に置かれ、きものについての正しい知識が得られずにきものを誤解しているのだろう。もしもそうだとしたら、全てその責任は呉服屋にある。あるものを無いと偽って他の商品を販売する、そんな事がどこの業界で許されるのだろうか。

 同じきものが他の所で数倍の値段で売られているのも珍しい事ではない。同じ商品が同じ国内でかくも値段が違うと言うのは他の業界で考えられるだろうか。

 生鮮食料品に関しては相場によって価格が変動し、証券業界でも株価が上下するのは日常茶飯事である。しかし、それらは純粋な相場、いわば見えざる神の手によつて淘汰されている。しかし、呉服業界では人為的に商品価格を操作し、消費者を囲いの中に追い込んではいないだろうか。どこの業界であれ、もしも人為的な価格の操作が行われたとしたら、法律上の罰を受けるか、あるいは社会的批判の矢面に立たされるのは必定である。

 証券業界では不法な株価の吊り上げやインサイダー取引といわれる人為的、反社会的な取引は法律で処罰される。ドルショック以後、商社が物を買い占めて価格を吊り上げて社会的に批判を浴びた事もあった。しかし、何故呉服業界ではこのようなことが許されるのだろうか。

 呉服業界、まことに奇々怪々である。



 

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