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5. 振袖について

きものの話をするにあたって、振袖に触れないわけにはいかない。振袖はきものの中でも最も華やかで、最も目立つきものである。

 西洋の衣装(いわゆる洋服ではなく)といえば何を思い浮かべるだろうか。まず男性の服を思い浮かべる人は少ないだろう。女性のパーティのドレスを思い浮かべる人が多いのではないだろうか。歴史の教科書の口絵を飾るマリー・アントワネットやポンパドール夫人のドレスが目に浮かぶのは私だけだろうか。極端に細いコルセットで締めた胴から釣鐘のように広がるスカートが印象的なパーティ用のドレスである。ドレスについては門外漢なので多くは語れないけれども、華やかなドレス(衣装)というのは、どこの国の衣装でも若い女性が着るものが多い。振袖もその例に違わない。

 振袖は若い女性が着るもので、きものの中で最も華やかである。振袖の美しさは自他共に認めるところである。

 古い話になるけれども、札幌オリンピックの前の冬季オリンピックの閉会式の事だったと思う。(記憶が誤っているとしたらお許し戴きたい)競技場に各国の選手が勢揃いし、開催都市から次期開催都市にオリンピック旗か何か(これも記憶が定かでない)を手渡す式があった。その時、次期開催都市である札幌の市長が、二人の振袖を着た女性を従えて登場した。競技場に入り、選手団の前を過ぎようとすると、各国の選手は振袖姿の女性を見ようと列を乱し、競って前の方へ殺到していった。私はその光景を小学生の時だったけれどもテレビの画面で見て、「振袖っていうのはきれいなんだな」という印象を受けていた。

 外国人にとって「きもの」といえば振袖か浴衣が頭に浮かぶらしい。本心を言えば、もっともっときものの良さを知ってもらいたいのだけれども、紬の素朴な良さを知ってもらうのは難しいらしい。

 外国の料理の代表といえば、イギリスはローストビーフ、ドイツはウィンナー、イタリアはスパゲッティ、ロシアはボルシチ、インドはカレーと言うように、断片的な知識が先行するものである。外国から見れば日本料理の代表は寿司と天ぷらと言うことになっているらしい。国際理解ということの難しさは料理の世界にとどまらない。

 私が京都の問屋にいた時分、得意先の小売店の展示会に手伝いに行った時の事である。料亭を借り切った展示会には多くの客が見に来ていた。その中に外国の女性、六十才ぐらいの白髪(銀髪と言うべきだろうか)の欧米人がいた。欧米の女性は体格が良いのでそれだけで目立ってしまう。おそらくお客様の連れであろう。日本のきものを見たいというので連れてきたのだろうと思う。私も彼女を注目して見ていると、彼女は振袖(仮絵羽だけれども)を着て、写真を撮ってもらっていた。せっかく日本に来たのだから、日本のきものを着て写真を撮ってもらいたいと思ったのだろう。

 しかし、それを取り巻いて見ていた人達の間から、はっきりと言葉には出なかったけれども、
「あら、あんな年の人が振袖を・・・」
という雰囲気が明確に伝わってきた。日本人にとって若い人が着るきものである振袖は、年配の人が着れば直感的に違和感を感じるものである。

 外国人にしてみれば、どうせ日本のきものを着るのならば、一番華やかな、外国人にとって最も日本らしいきものを着て写真を撮りたいと思ったのだろう。そのこと自体は、我々も諸外国の文化を正確に把握しているかと言えば、そうとは言えないように必ずしも責められるべきことではない。

 しかし、説明すべき人間が、日本の文化を正しく外国人に紹介しなければ、益々日本の文化が曲解されることにもなりかねないと私は懸念するのである。

 さて、振袖は若い女性のきものである事は日本人であれば誰でも認めるところである。それでは振袖はいったい何歳まで着ることができるのだろう。

 芸能界を覗いてみれば、都はるみや、こまどり姉妹がいくつになっても堂々と振袖を着て出ている。彼女らが何歳なのかの詮索はさておいても、彼女らが世間相場の振袖年齢を大きく越えているのは明らかである。しかし、芸能界は特殊な世界である。いわば何をやっても、すなわち常識からかけ離れた事をしても一向に差し支えのない世界である。テレビに○○才の女性が振袖姿で出ているので、○○才までは振袖を着てもかまわない、とするのは早計であろう。振袖に限らず芸能界の常識は一般常識とかけ離れていることも頭の隅に置いていても良いと思う。もっとも本気で芸能界のまねする人はいないと思うけれども。

 それでは、一般常識では振袖はいつまで着れるのだろう。

 そもそも日本のきものの袖には深い意味が込められている。「袖(たもと)を濡らす」「袖の下」「袖にする」など、袖は単なる袖を表わす以上の意味を持っている。振袖、留袖というのは相関関係にある。いろいろな説が有り、どれが本当なのかは分からないけれども、その昔(万葉の頃)若い女性は袖を振って男性を誘ったと言う。結婚してしまえば袖を振る必要もなくなり、相手の男性にとっては袖を振られてはたまらない、という事かどうか知らないけれども、結婚したら袖を留めて(袖を短くして)留袖を着たという。(留袖は現代の形式の留袖ではない)

 振袖と言う言葉は江戸時代初期に一般化したようで、当時女性は十八歳にて元服、すなわち大人の仲間入りである。その時に振袖の振りを縫いふさいだとも言われている。十八歳をもって振袖と留袖の境にするのは、それで筋が通るとも思えるのだが、現代の世の中にそれを照らし合わせれば、およそ振袖を着る人などいなくなってしまうのだろう。成人を二十歳と定め成人式に振袖を着るという習慣を無視したとしても、平均寿命の延びとともに結婚の高年齢化がすすみ、十八歳をもって大人、大人イコール結婚と結びつけるような昔の尺度は現代の世にはそぐわない。

 現代の慣習から言えば、二十歳の成人式の為に振袖を作り、以後親戚や友人の結婚式に振袖姿で出席するのが一般的である。

 では、振袖はいつまで着れるのか、あるいは着て良いものなのか、となると話は元に戻るけれども、最近そのコンセンサスは崩れてきている。 『振袖は結婚するまで』というのは一つの定説である。二十二歳で結婚した人は二十二歳まで、三十歳で結婚した人は三十歳まで、それで話は十分に通るはずである。しかし、これを定説とするならば、例外は認められないはずである。それでは結婚しない女性はどうなるのか。

 最近、女性の社会進出、というよりも狭い家庭を飛び出して社会的に活躍する女性が多くなってきた。既婚未婚を問わず、その人口は着実に増えている。しかし、その多くの女性がキャリアウーマンとして未婚のままでいる。昔も未婚の女性はいたけれども、その数は少なく、定説中の例外と見なされたのかも知れない。しかし、現代は未婚ではないまでも、三十歳を過ぎて結婚するのは珍しくなくなった。『振袖は結婚するまで』という説の裏には、せいぜい二十代の内に女性の大半は結婚するだろうという暗黙の了解があるように思える。しかし、現代はそのような昔の常識は通らない世の中である。『振袖は結婚するまで』という説もいささか合わなくなっている。

 先日、お客様に質問された。
「振袖はいつまで着れるんですか。結婚してから振袖を着ても構わないんですか。」
 余りきものに縁の無いお客様なので、
「どうかなさったんですか。」
と聞くと、事の次第は次のようであった。

 知人の結婚式に出席したところ、既婚の若い女性が振袖を着て来たという。そして同席した男性が、「それは未婚者のきものなので、あなたが着るのはおかしい。」
というような事を言ったという。するとその女性も負けじと反論し、
「自分は結婚しているけれども、振袖を着ても構わない。」
と言い張り議論になったと言う。

 おそらく指摘した男性は年配者だったのだろうと思う。『振袖は未婚者のきもの』という原則に照らし合わせれば、結婚した女性が振袖を着るのは場違いである。しかし、その女性は理路整然としたもので、彼女が言うには、
「紀子様が秋篠宮妃となられた後、振袖を着ていらした。日本の象徴である天皇家で行なわれていることがどうしていけないのか。」
と言うのである。

 双方の意見はもっともである。その人は軍配を上げる立場ではないのだろうけれども、心の中でどちらにも軍配を上げられずに、私に前述の質問となったわけである。
 言われてみれば確かに紀子様は秋篠宮様と御結婚された後振袖姿で人前に出ておられた。

 私はあれやこれや考えるよりも聞くが早かろうと、宮内庁に電話をして聞いてみた。宮内庁と言えども国の機関。国民が問い合わせてもおかしい事はない。宮内庁の応対は極めて丁寧だった。用件をはっきりと言うと担当の係官につないでくれた。

 国の出先機関、証明書や許可書を交付してもらう所では何度も不愉快な思いをしたのは私だけではないと思う。あれが足りない、これが足りない、記述が誤っていると何度も書き直して足を運ぶのもしばしばである。しかし、末端を預かる役人とは違うのか宮内庁を預かる官僚は実に親切に教えてくれた。

「紀子様が秋篠宮殿下と結婚されて後、振袖姿を国民の前で披露されましたが、一般に振袖は未婚者が着ると言われています。宮中ではどのようなしきたりになっているのでしょうか。」
 電話に出た係官の答えは次のようだった。
「宮中ではきものに関してこれといったしきたりはありません。紀子様のお召し物は女官と相談の上、御決めになられたのでしょう。振袖は、嫁入り道具として持参された振袖を国民に披露されたのだと思います。」
 儀式について、そしてその装束については事細かな規則がありそうな宮中だけれども、事きもの(儀式以外の)に関しては決まりはないというのである。

 その話をある染屋にしたところ、次のような言葉が返ってきた。
「きものには決まりなんかありませんよ。上前を右にするか左にするかさえ決まりなどないんです。」
 なるほど、きものに関して成文化された決まりなどどこにもない。あるのは伝統的に受け継がれた慣習、しきたりだけなのである。
 紀子様が結婚されて後、振袖をお召しになられてもかまわない。しかし、そこには宮中に嫁がれたばかりの自分を見せたいと言う気遣いが感じられる。嫁がれたばかりの紀子様が振袖を着たとて誰にも不快感を与えない。むしろ、嫁いだ初々しさを見るものに与えてくれるのである。
 振袖はいつまで着ることができるのか。その議論に入る前に、きものについてのたった一つの決まりを守ることを考えてみてはどうだろう。
 たった一つのきものの決まりとは、 『他人に不快感を与えないきものを選ぶ事』 である。 
 


 

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