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21. きものを着ないきもの売り

私の父も母も、いつもきものを着ている。そして父は常々、
「きものを売る人が、もっときものを着なければ。」
と言っている。

当然の事のようだけれども、それがなされていないのが現在の呉服業界である。かく言う私も今は毎日スーツである。言い訳をさせてもらえば、私も六年前までは、きものか作務衣だった。六年前にアパレルの店を出店してから掛け持ちとなり、洋服姿になってしまった。それでも慶弔時には必ずきものを着ていくことにしている。

父の言葉通り、呉服屋さんできものを着ている人は少ない。中には父のように年中きもので通す人もいるけれども、ほとんどが洋服で商売をしている。

父は問屋さんが来ると、
「日本橋の問屋全員がきものを着れば、もっときものが普及するだろう。」
と、言っているが、問屋の出張員は苦笑いをするばかりである。

私が山形に戻ってから暫くして、京都でお世話になった問屋の同僚の結婚式があったので、はるばる出雲まで出かけたことが有った。私はもちろんきものを持って行ったのだが、きもので出席する人はいなかった。

上座には問屋の社長や部長をはじめ十人くらい陣取っていたが、皆揃 えたように黒のスーツだった。親しかった部長さんに、
「○○さん、きものは着ないんですか。」
と、言うと、
「スーツに決まっているわね。」(出雲弁である)
と、きものなど眼中に無いかのようであった。

父が余り 「きものを着ろ。」 と、言ったからかどうか知らないけれども、今年の正月に大手問屋の出張員が、きもの姿でやって来た。新年の挨拶のつもりで気をきかせてやってきたのだろう。

体格の良い人で、とてもきもの姿が似合っていた。しかし、彼が店に入ってくると、私も母も笑ってしまった。(失礼)

紬のきものに白の羽織の紐を付けている。白足袋を履き、何故か黒い半衿の下に、もう一枚白い半衿がのぞいている。人の出で立ちを笑うのは失礼だとは思うけれども、相手はきものを商う人間である。えらく立派な羽織の紐の白い房が滑稽に思えてしまったのだった。話を聞くと、
「白の羽織の紐しか持っていなかったので。」
という事だった。

白の羽織の紐は、黒紋付用である。そう言えば、以前その問屋に行った時に、色紋付を着せられたマネキン人形が白い半衿と羽織の紐を付けていた。
「それは、おかしいよ。」
と、言うと、
「色紋付ですよ。」
と係員は当然の如く話していた。

その問屋で一年に一度行なわれる取引先とのパーティーでは部長クラスの人間が、やはり色紋付に白い半衿、羽織の紐で登場する。

きもの文化の乱れを再三指摘してきたつもりだけれども、その原因は消費者の思い込みや、着付け師の無知によるものばかりではなく、むしろ我々きものを商う者の側に有るのではないかと思えてくる。 

1997年1月    


 

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