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20. 和服の危機

最近、和服が間もなく無くなってしまうのではないかと危機感を感じることがある。きものの需要が減少して、次第に和服が消滅してしまうのではないかという様な巷で思われている危機感ではなく、ある日突然きものが姿を消してしまうのではないかと言うSFまがいの危機感である。

二年ほど前に問屋に男物のメリンス襦袢を注文した。メリンスというのはウールの織物で男物の襦袢地には良く使われる。正絹の襦袢ももちろん有るけれども、正絹物は三〜七万円と高価であるが、メリンス襦袢は一万円前後である。安い普段着の紬には通常メリンスの襦袢が使われる。

注文先からの回答は、
「当社ではメリンスやネル等のウールはもう扱いません。」
との事だった。その問屋はウール製品のネル、セル、メリンスを戦前より看板商品としていた商社で、メリンスについては相当のシェアを占めているはずだった。その商社がメリンスをもう扱わないと言うのだから驚いてしまった。在庫はまだ有ると言うので上京して相当数確保した。

その後、メリンスの襦袢地は他の商社に切り替え事なきを得たが、メリンスの老舗の大手商社がメリンスを扱わないと言うのだから、もうメリンスは手に入らないのでは、と一時は本気で心配してしまった。

メリンスに限らず機屋が廃業してしまったり機を止めたりすることは昨今の呉服業界では珍しいことではない。明石ちぢみという昭和初期に流行ったうすものの着尺地も一時姿を消し、最近細々と再現され織られている。

明石ちぢみに限らず全国で産する「○○織り」と称する紬地の中にも姿を消すものが有る。しかし、明石ちぢみが無くなろうと、結城紬や大島紬が無くなったとしても、きものが無くなるわけではない。「和服の危機」はもっと意外なところに有るように思える。
 男物の絽の半衿を小物屋に注文した。その小物屋では、
「男物の絽の半衿はもうやめました。」
という。

男性が夏のきものを着る場合に絽の半衿は必需品である。他のもので代用する訳にはいかない。この時も他の商社を捜し入手することができたが、きものを着るための小物や付属品が手に入りにくくなったことは如実に感じざるを得ない。

雨コートの裏に使う色羽二重も手に入りにくくなった。注文すれば入手できない事はないけれども問屋に在庫はなく疋単位で注文しなくてはならない。昔は問屋にも在庫が有り尺単位で色々な色を揃えることができたが、今は何色も揃えるのが難しくなってきた。

結城紬や大島紬、あるいは加賀友禅がもしも不況のために姿を消してしまったとしても、それは残念なことでは有るが、きものが消滅するわけではない。

きものの一つのアイテムが姿を消すというだけの事である。しかし、きものを仕立てるための付属品やきものを着るための小物が姿を消すことはきものが消滅することに直結している。そういう意味ではメリンスの襦袢が無くなることは、男性の襦袢は正絹物に限られ男のきものの需要に相当に影響があるはずである。

絽の半衿が無くなることは夏のきものが着られないという事につながっている。縦割りのきもののアイテムが消滅するよりも、横割のきもののアイテム、すなわち小物、付属品の消滅はきもの全体の消滅につながっているのである。

私は、ひょっとしてある日突然胴裏地が無くなるのでは、などと思うことも有る。
「そんなことはあろうはずが・・・。」
と大抵の人が思っているし、その通りだと思うが、SF小説よりははるかに現実味を帯びた話である。

高品質が求められ、利が薄く不安定な相場に頼っている白生地業界。輸入品の脅威にさらされながら将来市場の拡大が期待できない白生地業界である。割りが合わないと見切りを付けて廃業又は転業を考える業者が現れてもおかしくはない。

付加価値の乏しい白生地だけに危機に直面すればいっせいに廃業と言う事も考えられなくはない。胴裏がなければきものは仕立てられない。大島紬であろうと加賀友禅であろうと仕立てられなくては何の価値もなくなってしまう。

胴裏がある日突然姿を消すと言うのはSF小説に近いかも知れないが、普段は余りめだたないような和装の小物や付属品が、ある日突然姿を消し、きものが着れなく(仕立てられなく)なる、というのは石油が突然輸入されなくなる、といったSFとも近未来的現実ともいえる話に似ていると思うのだが・・・。 

.  1996年   


 

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