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4. 男のきもの

 私の店の御客様はほとんどが女性である。九十九%が女性と云っても過言ではない。きものと云えば女性の物、と言うイメージが今では拭い去れなくなってしまった。少なくなったとは言え慶弔時にきものを着る女性はまだまだ見かけられる。私も慶弔時には必ずきものを着るが、男性のきもの姿は皆無と云って良い。夫婦で結婚式や表彰式など晴の場に出る場合、女性が留袖や訪問着を着て男性がスーツやモーニング姿と言うのはよくある話である。考えてみればチグハグではあるけれども、男性が洋装、女性は和装という姿はこの国では市民権を得ているらしい。もしも反対に男性が紋付羽織袴、女性がドレスであったならばどうだろう。間違いなく二人はカップルとは見られないかあるいは
「変わり者のご主人ですね」
と云うことになってしまうのだろう。

 女性に比べ男性のきもの姿が見られなくなったけれども、きものを愛する男性がまだ沢山いることも事実である。家に帰れば必ずきものに着替える、きものを着ないとくつろげないと云う人を私は何人も知っている。そういった人達がなぜ式服を着ないのか残念に思うのだけれど、きものを着たい気持ちはまだまだ日本の男性の心にはあるらしい。

 男性がきものを着ない理由はいくつか有る。
「自分だけ着るのが恥ずかしい」
「着たことが無いのでうまく着れない」
「何を着て良いのか分からない」
「きものをもっていない」
等であろう。しかし、これらの理由は本当にきものを着る気持ちがあれば、いずれも払拭されるものと思う。

 私はもっと日本の男性がきものを着れば良いのにと思っている。しかし、私自身年柄年中きものを着ているわけではない。日本人は皆洋服を捨てて和服を着るべきだと原理主義めいた事を云うつもりもない。和服は洋服に比べて機能的でない面が有るのは事実である。しかし、和服には洋服にはない物がある。

 日本の風情を味わうには、日本のきものが最適である。私が結婚式や葬式にきもので行くのもそのせいである。日本の結婚式や葬式にはきものの持つ荘厳さがぴったりである。

 先日、葬式の下足番をしてくれと頼まれた。まさか紋付羽織袴で下足番もないだろうというので、タンスの底に眠っている黒のスーツを引っ張り出して着ていった。十数年前に作り、ここ十年位着ていなかったのできついこともあったけれども、借り着を着ているようで、どうも落ち着かなかった。

 借り着と言えば、日本人にとって黒のスーツは借り着である。西洋から借りてきた黒のスーツであるが、それでは西洋に黒のスーツがはあるのかと言えば、なくはないけれども黒のスーツが第一礼装と言うことはない。モーニングやタキシードと言った礼装がきちんと有り、それなりのしきたりになっている。スーツを黒くしたからといってどこででも礼装として通用するものではない。まさに黒のスーツは日本人にとって借り(仮)着である。

 晴着ばかりでなく、普段着のきものにも日本の風情がある。

 私は食べることが大好きである。和食であろうと、洋食、中華であろうと、あるいはちょっと変ったエスニックであろうと、食べることは大好きである。食事を楽しむ時、酒はつきものだが、これが良くしたもので、それぞれの国の料理にはそれぞれの国の酒が良く合う。刺身で一杯飲むときにはやはり日本酒である。刺身にボルドーのワインと言うのはいただけない。イタリアやフランスの料理にはワインが良く似合う。餃子を食べるときには紹興酒がおいしい。人の好みもあるだろうけれども、料理と酒の組み合わせは長い歴史が生んだ絶妙なハーモニーではないだろうか。日本酒しか飲まないとか、焼酎は臭くていやだという人もいるけれども、私にしてみれば折角色々な味のハーモニーを味わう機会があるのにもったいないな、と思ってしまうのである。

 きものの話に戻ろう。衣装がその場その場を演出するものならば、いろいろな衣装を着こなす事はそれだけ豊かな生活に浸れるのではないだろうか。盆踊りにはTシャツよりもゆかたが良い。荘厳な日本の結婚式やお葬式には紋付が似合う。フランス料理店ではきものは似合わない。その時は私も洋服で決めてみたいと思う。しかし、畳の上で和食を味わう時はどうだろうか。洋服では膝がつっぱって落ち着かないし、床の間のある部屋ではなおさらの事、きもの以外にその場の雰囲気に合うものはない。

 折角日本人に生まれたのだから、イタメシやハンバーガー、レトルト食品もいいけれども日本の味を堪能するひとときを持ってみてはいかがだろう。もっともっと生活が広がるように思えるのだが。

 

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