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60. 草木染絞り 山崎世紀

 染織や着物の世界で「草木染」と言う言葉を良く聞く。草木染とは、文字通り草木を原料とした染物である。もともと布を染める染料は草木染料しかなく、昔は染物の全てが草木染だったろう。

  最近、と言うよりも近代以降、化学染料の発明によって染色の世界は一変し、草木染は量的に端に追いやられてしまっている。 化学染料は、安価なこと、色が安定していること、そしてヤケに強いなど、人類が染色に求めて止まなかった優れた染料であることは論を待たない。

 
どんな微妙な色でも創ることができる。濃い薄いも自由自在に、最新の染色技術と合わせればどんな細かい柄でもムラや難が出ること無く思い通りの柄を生地に染め上げられる。 「絞り染」「ローケツ染」「板締め」の技法による天平の三纈に始まり茶屋染、辻が花染、友禅染と進化してきた日本の染色の歴史の中で化学染料による捺染は究極の染と言えるかもしれない。

  しかし、現代化学の粋を集めた染色はそれ以前の染色とは一線を画している。 「草木染」は現代の進んだ染色の中にあっても消滅することは無い。消滅どころか「草木染」という言葉は益々好感をもって受け止められている。草木染そのものが少なくなっているにもかかわらず。何故だろうか。

 現代の染色は、完璧な故に何か物足りない。人の心を響かせる何かが欠けている。

 
産業革命以来、科学技術の発達、物質的な充足はそれ以前とは比べものにならない。その中にあって、「自然」「天然」「手造り」という言葉は誰の心の中にもこびりついて離れない。現代の科学技術が進めば進むほどそれは心地良く我々の心に響いている。 「草木染」もその一つである。

  化学染料が生み出す完璧な染の中でも草木染は埋没することが無い。しかし、余りにも心地良い言葉故に「草木染」という言葉が乱用されたりもしている。日本の着物の需要が減る中で、現在どのくらい本当の草木染は染められているのだろうか。安価に染める為に、化学染料と混ぜて使われる場合も多い。

 本当の草木染を続けている職人が居る。米沢で草木染めを続けている山崎世紀先生である。

 米沢は山形県南部の盆地に位置し、米織の産地として名高く、越後より転封した上杉家の城下町としても知られている。最近では、NHK大河ドラマ直江兼続でもブームを起こしている。

 山崎先生は、米沢の小さな織屋に生まれ、織物屋の門前の小僧として育った。しかし、当時でも織物がこの先どうなるのか不安を抱え、法律家の道を模索したという。しかし、東京での苦学生活は身体を壊し、米沢に帰る決心をする。

 米沢に戻り織屋をするのは門前の小僧として十分に自信はあった。しかし、それだけでは満足せず自分の道を考えていた。

 自分の道とは、自分にだけできる仕事、自分だけが創れる物、すなわち自分だけが織れる生地で自分だけが染められる草木染を行うことだった。なぜ「草木染」「絞り染」だったのだろうか。

 絞り染めは天平の三纈の一つ「纐纈」である。現代の「絞り」は当時の絞りとは趣を異にする。

 
現代の絞り染を代表するのは有松・鳴海の藍染絞りである。細かい疋田絞りにより凹凸が絞りの生地を特徴付けている。

 しかし、原初の絞りの役割は防染の手段に過ぎず、絞られた生地は、染められた後元通りに伸されていた。辻が花染という複雑な絞り染でも絞りの痕は残されていない。現代の疋田絞りは原初の絞りとはおおよそ異にするものだった。本当の絞り染めをしたいと山崎先生は思った。

 そして、絞り染めと言えば何故藍染なのだろうか。昔は他の草木染もあったはずである。藍染の絞りの技法を伝える参考文献やそれを専門とする人達もいる。しかし、草木染絞りの技法を伝える資料はなく全ての工程を自分で考えてやらなければならなかった。その事が山崎先生の心を突き動かした。

 自分だけができる草木染絞りを創る事、それが山崎先生のライフワークとなった。

 先生の作品製作は、生地を織るところから始まる。在り合わせの生地を買って使うのは容易いし、商品製作に手間隙は掛からない。  しかし、草木染・絞りはデリケートである。少しの生地の違いが染め上がりに大きく響いてしまう。

 織上がった絹の生地は精錬という行程を経て染められる。精錬というのは、いわば織られた生地の不純物を取り除き生地を仕上げる行程である。この製錬がうまく行われないと折角の染めも濁りが生じたりムラが出てしまう。

 自分で織った生地を信頼できる製錬屋に送り、納得できる生地に仕上げて貰っている。家が織屋だったこともあり、織に対するこだわりは並大抵なものではなかった。

 草木染の試行錯誤を続ける内に先生はその魅力にはまっていったと言う。 私はずばり先生に質問してみた。
「化学染料と草木染めの違いは何と言えますか。」
 少々意地悪な質問だったかもしれない。しかし、敢えて先生の回答を聞きたかった。
 先生は黙って袖無し茶羽織を持ち出してきて広げた。それは「ホタル」と呼ばれる得意の絞り染だった。グレー地の(只の灰色では無い)絞りは、その名の通りホタルのように浮かび上がっている。
「これはグレーの染料なんだけど・・・。」
 先生が話し始めた。
「化学染料は黒の染料を薄くすればグレーになります。このように絞れば、一番濃い部分は黒。そしてグレーになり絞られたところが白く残ります。しかし、草木染めではこうなるのです。」
 先生が指さす絞られた部分はグレーでも無い、わずかに赤みが挿している様にも見える。
「草木の染料は黒に見えても実は黒だけの染料じゃ無いんです。絞ってみれば黒は次第にグレーになり、そして他の色が浮かび上がってきます。」
 草木の染料で染まった絞りの地色と白の境界に現れる些細で微妙な彩の魅力に取り付かれていったという。
「化学染料では絶対にできませんね。」
 私が言うと。
「そうです。だけど出来上がるまでどのようになるのかは分かりません。」
 草木染めの染料は濡れた状態、染料の色と乾いた状態、染め上がりの色は全く違う。加えて絞った糸を解く時にはどのような柄がどのような色で目の前に現れるのか、緊張の一瞬だという。

 その目的は女性をより美しく、より輝かしくしたいと言うその一点であり、それを可能にするのはコントロールが不可能なようで可能な草木染と絞りという技が重なり合ったときに出来るものである。

 先生と話していると次のような言葉が出てきた。
「無に近いものに本物がある。」
 染色の世界においても、また科学技術の世界においても、更に良い物を求めて発達してきた。しかし、振り返ってみれば本当に良い物はあらゆる虚飾を取り去った処にあるのではないだろうか。

 染色の原点、それは人間が色の付いた衣装を身につけたいと思って手にした草木ではなかろうか。その中に本物を見いだし山崎先生は創作を続けている。

 染織や呉服を取り巻く環境は厳しい。需要の減少もさることながら、化学染料や現代の染色技術、コンピューター画像を見慣れた人達には草木染や絞り、他の伝統的技法が正しく理解しがたくなっている。

 そんな中で需要に妥協せず頑なに本物を創ろうとしている山崎先生にはその技術を保持し伝承していただきたいと思うのは私だけだろうか。

 最後に、先生が書いた言葉である。

「異端児のつぶやき

ピカソか(青の時代を含めて)、ベートーベンか(楽聖)、 岡本太郎か(芸術は爆発だ)、天才と呼ばれる人間には おおよそ、彼らの前に道は無かった。「ワだばゴッホになる」と言った―棟方志功―にしても。

 私は師もなく、何もない。自称“裸の王様”。 ただ染織界では異端児。見草、泡立草という、何気ない草木を用いて、 今まで誰も衣装としてなしえなかったものを染材にした。   

 生地しかり、絞りにしても同じ。 不可能と思われたものを可能にしてきたと思っている。

 されども、師が無かったことが幸い。 故に『人間国宝に』と望まれながらもあえてその道を断った。

 私はただ棟方志功と宮沢賢治を合わせ持つ様な人間になりたい。」

  山崎世紀

平成二十三年九月



 
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