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54. 江戸紅型

 
琉球紅型については、きものに興味のある人ならば知らない人はいない。その南国風 で少し物悲しいような色合いは独特で、きものの一つのアイテムとして確固たる地位を 占めている。

  しかし、「紅型染」と聞けば、ほとんどの人は琉球紅型ではなく内地(沖縄の人は本 土のことをそう呼んでいる。)で染められた紅型風染物を連想しているのではないだろ うか。巷で並べられている「紅型染」の多くは内地で染められた「紅型」である。

  よく知られている内地で染められる紅型染と琉球本紅型は染め方が異なる。 琉球本紅型は、型を用いて生地に糊を置き、その隙間に手で顔料を挿してゆく。しか し、内地で染められる紅型は型で染料を挿す所謂型染めである。どちらも紅型染と呼ば れているけれども実は別物である。

  琉球の紅型を本紅型とするならば、内地で染められた紅型はその紛い物と言われるか もしれないが、染織の世界ではそうとは言い切れない。琉球絣と米琉(米沢琉球絣)、 本場黄八丈と秋田八丈、本場大島紬と村山大島紬等々、後者は前者を手本に、いわば真 似て創ったものだけれども、それぞれがそれそれぞれに染織の世界では確固たる地位を 得ている。もっと広い意味では京友禅に対する加賀友禅もその関係にあると言えるかも しれない。

  前述の如く琉球紅型と内地の紅型は染め方が異なり多くの人が内地の紅型を紅型染だ と思っている。しかし、様々な誤解を払拭しても内地で染められている紅型はすでに多 くの人の心に染み付いている。いっそ「紅型染」という名称はやめて「○○染」と、他 の名称を使っても良いほど個性有る染物になっている。

  内地で染められる型染めの紅型の中に「江戸紅型」と称する染物がある。「江戸」と 「紅型」(琉球)という一見相反するような名称の組み合わせだけれども、私はこの染 物に注目している。

  江戸と琉球の関係史には暗いものが有る。1609年に薩摩の島津氏が琉球に侵攻し、 尚寧王は捕らえられ鹿児島に連行される。駿府で徳川家康と面談し、江戸まで引き回さ れる。そして、琉球が薩摩の属国となる条約に無理矢理署名させられる。

  政治の世界がどうであれ、すぐれた文化同士の出会いはさらなる文化を創造する。

  和歌の技法に「本歌取り」という修辞法がある。本歌の一句または二句を自分の歌に 取り入れ本歌の持つ味わいを引き出す手法である。西洋の感覚で言えば、盗作偽作とな るのだろうけれども、日本では先人の秀作に自分の創作を重ね合わせて紛い物ではない、 さらに深い情緒を生み出すというすばらしい手法を創造した。

  江戸紅型もそれに違わない。琉球紅型で用いる顔料とは色も光沢も異なる染料を用い ているけれども、本歌といえる琉球紅型の雰囲気はみごとに下地となっている。  

 きものの世界で「江戸」という言葉は、「江戸小紋」「江戸褄」「江戸解文様」という ように枕詞に使われている。「江戸小紋」は江戸城に登城するさいの裃柄、「江戸褄」は 京都の「島原褄」に対して、「江戸解文様」は「御所解文様」に対して武家の質素を表 している。京都や上方に対する江戸と言うことだろう。しかし、江戸紅型の江戸には武 家の質素ではなく熟成された江戸の文化が感じられる。

  あらゆる文化が流入した江戸を象徴するかのように江戸紅型には様々な技法が取り入 れられている。紅型染をベースに更紗染やロウケツ染の雰囲気も漂っている。そういう 意味でも琉球紅型とは別物ではあるけれども「江戸紅型」以外の名称は思い当たらない。 不思議な染物である。



 

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