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38. 紬

 今では日本人の服装になってしまった洋服にもフォーマルやカジュアルがあるように日 本の着物にも礼装、平常着がある。礼装の条件は紋のあるなし、生地の種類、柄付けなど 複雑な要素が絡み合ってきものの格式を決めている。この辺りがきものを着慣れない人に とっては抵抗があり、何時どのきものを着て行ったら良いのか迷う原因となっている。複 雑なゲーム程面白いのと同じようにきものの仕来りも複雑であるがゆえに奥の深い情緒を かもし出しているのだと私は思っている。 さて、きものの平常着と云えば紬である。一言でいえば礼装は紋付、絵羽、であり、そ れ以外が平常着である。その尺度で云えば小紋も平常着だけれども小紋は縮緬地の染物で ある。染物は汚れに対して敏感なので小紋は普段のおしゃれ着ではあるけれども、平常着 の範疇を逸脱しているかもしれない。そういう意味では普段のきものと言えば紬である。

「結城紬はいくら高くても普段着ですから良いところ(式)に着てはいけません。」

  業界にいてお客様とのやり取りの中にこのような会話がよく聞かれる。紬の代表格である 結城紬は普段着なので式服にはならない。これは真実である。「紬は普段着」の公式は価格 に関係なく全ての紬に当てはまる。

 最近は結城紬に限らず紬の訪問着や留袖まで創られている。しかし、これらは奇をてら った商品にしか過ぎないと私は思っている。紬はその発生から云っても普段着であり、決 して式服にはなり得ない。しかし、業界でまかり通っている前述の、
「結城紬はいくら高く ても・・・・。」
の言葉は業界にとってむしろ着物離れを助長しているように思えてならな い。
「結城紬は高いんですよ。普段着といえども着物は高くて当たり前です。」
と言っているようにも思えるのである。

 結城紬が高価であることについてウンチクすれば相当紙面を割かなければならない。結 城紬が高価なのはそれ相応の理由があり、ふっかけているわけではない。しかし、そうは 言っても高価な結城紬を着てみたいと思う人は沢山いても即買える人は限られている。普 段に着る着物はもっと廉価であることをアピールしなければますます着物離れが起こると 思える。      

  最近、小売屋の店頭に並ぶ紬といえば、結城紬、大島紬、牛首紬など有名 な紬ばかりだけれども、それらは日本で古より織られてきた紬の極一部にしかすぎない。 他にも現在でも織られている紬には米沢紬、置賜紬、塩沢紬、小千谷紬など数え切れない ほどある。しかし、それらも紬の成り立ちから言えばまだまだ一部である。

  紬は紬糸で織られたきものである。紬糸とは真綿や屑繭から指で紡いで糸を造る。同 じ紬糸でも上質な真綿から採った細い紬糸もあれば屑繭から紡いだ糸もあり価格はさまざ まである。

 その昔、紬は全国各地で、というよりも各村々、各家々で織られていた。普段着にする 為の紬糸は糸の良し悪しを云々するまでもなく屑繭から造られた物がほとんどだっただろ う。中には屑繭さえ節約する為にぜんまいの綿毛を織り込んだ「ぜんまい紬」や使い古し の和紙を織り込んだ「紙布織」なども工夫されていた。それらは貧しさ故の生活の知恵か ら創り出されたものなのだけれども、ぜんまい紬や紙布織は珍しさも手伝って最近高価で 売られているのは皮肉な話である。

 糸の良し悪しはあっても古より織られてきた紬は皆平常着としての役割を十分に果たし てきた。結城紬程軽くはなくとも肩が凝るほど重くはない。大島紬程緻密な絣柄ではない けれども十分に洒落た絣柄は沢山ある。

 全国で織られていた名もない紬は需要の減少と共に姿を消し、○○織と地名を冠して生 き残った紬も少なくなっている。その原因は需要の減少ばかりではなく、高価な紬の販売 にばかりに目を奪われてきた業界にも大きな責任があると私は思っている。

 しかし、一方では紬の問屋を覗けば、まだまだ「名もない紬」が積まれている。
「今どきこんなに紬は売れますか。」
と尋ねると、
「いやー、まだ紬を着る人はいますからね。」
という応えが返ってくる。
 そういう問屋さんの話を聞くと、まだまだきものは根強く日本人の心に染み付いている のでは、という淡い期待感も持ってしまう。安価で耐久性に優れ、おしゃれな(普通の)紬を普段着として着てもらいたいものであ る。




 

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