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24. 夾纈染(きょうけちぞめ)

 染色技術の発達は人類の文化の発達と密接に関わっている。その昔、人間が火を用い始めた頃は、『衣』は体温を保持する為のものだった。装飾など考えることもなく体を保護するのが目的だった。しかし、文化が発達してくると、人間は衣装に限らず生活に必要な調度品にも装飾を施すようになった。土器には文様をつけ、衣装には染色を施しすようになった。草木から染料を抽出し、好みの色の布を織り、個性のある衣装を創り出していった。

 布に絵を描くのは大変難しいことだった。技術の発達した現代人の目で見ればどのような柄でも、どのような色でも鮮やかに描き出すのが当たり前のように思われるかも知れない。服地屋に行けば様々な柄の多種多様な生地が並べられている。ミッキーマウスやキャラクターをプリントした生地から、数十種類の無地の生地まで、自分が求めようとする生地はいつでも手に入るのが現代である。そしてそれらは寸分の狂いもなく染められている。しかし、染色の原点に立ち返れば、布に染色(柄をつける)という事に古の人達がどれほど苦労したかが良くわかるのである。 「染色の歴史は防染の歴史である」と私は常感じている。布に染料をつければ染料は滲み出してカンバスに絵の具で絵を描くような訳にはいかない。いかにして染料で思った形自由に描くか、それこそが古の人たちが頭をひねった問題である。

 聖武天皇の宝物庫「正倉院」には数多くの染色裂が残されている。その当時(天平時代)に創られ今日に伝えられている裂に『天平の三纈』と呼ばれている裂地がある。これらは『夾纈、纐纈、臈纈』という当時の高度な染色技術によって染められている。

 「纐纈」は絞り染、「臈纈」はろうけつ染の事で、今日までその技術が伝承されている。しかし、板締め染色法とも呼ばれる「夾纈」はその技術的な難しさもあり、一時技術がすたれ、近年までその再現は不可能とまで言われてきた。しかし、その技術も近年再現を試みられ、ようやく天平の幻の染め物が私たちの目の前にその姿を現わしました。 「夾纈」の夾は文字通り「はさむ」を意味し、原理はいたって簡単である。布を透かし彫りした板の間に挟み、透かした隙間に染料を注ぎ込むのである。板で締められた部分は防染され、透かしの形に模様ができあがる。原理はただそれだけの単純なものだけれども実践となると、これが難しくうまく行かないのである。

 まず第一に板が平らでなければならない。防染の相手は染料という液体である。目に見える程度の平らな板では僅かな隙間から染料が入り込み、染めようとする形がくずれてしまう。布を挟みこむ二枚の板の面が寸分隙間なく合わさらなければ防染はできない。現代の技術をもってしても難しいこの技術を当時の人達はどのように解決したのかは謎と言われている。職人技に頼ったのだけれども、現代その職人技はない。

 次に布を板に挟んで防染するには、圧力を加えなければならない。そして、その圧力は一様でなければ全体の防染の度合いにむらができてしまう。即ち、強く圧力のかかった部分ははっきりと、そうでない部分はぼんやりと、と言うふうに。透かし彫りした板に平均的に圧力を掛けるのは口で言うほど簡単ではない。

 現代の染色家が夾纈染を再現しようと試みた時の事である。透かし彫りした板を厚い鉄板で挟み込んで平均的に圧力を掛けようとした。さて、どうやって染料を注ぎ込むかというと、鉄板に予め小さな穴を開けておいて、その穴から注射器で染料を注ぎ込んだという。染料を注ぎ込む穴が大き過ぎれば圧力にむらができてしまう。注射器の先が入る程度の小さな穴を鉄板に開け、そこから染料を注ぎ込んだのである。しかし、染めようとする生地が見えず、染料を注ぎ込むのが盲作業となったために染料が一様にまわらず、さらに泡ができてしまってうまくできなかったという。それでは挟む鉄板を分厚いガラス板にしたら、とか圧力を測定しながらしてはどうか、などと考えてしまうのだけれど、それらは現代であるが故に手に入る技術や材料であって、天平の昔にどのように染めたのかは依然として謎なのである。

 原理は簡単だけれども実際に染めるのが難しい夾纈染。何故、古の人達はそのような染色法に頼ったのだろうと疑問に思うかも知れない。しかし、世は天平、友禅染が発明される八百年も前の事である。とりあえず考えつく染色法を試していったのだろう。「纐纈」(絞り染)も「臈纈」(ろうけつ)も、その染色技術は現代に伝えられている。しかし、「纐纈」は思った柄を描くことはできず、繰り返し模様や偶然性に頼った柄しかできない。「臈纈」は自由な柄を描くことはできるけれども同じ物を作る事はできず多色で染めるには手間がかかる。しかし、夾纈は型染の一種で、多色の文様を量産することができる。そして、夾纈染の特徴は、その染の柔らかさである。はっきりとした柄の現れる臈纈とは正反対に木片で挟み込まれ防染された柄はぼんやりとした独特な他の染色法では得られない柄が浮き出るのである。天平の人達はまさにその染に魅了されたのではないのだろうか。
 天平の幻の染「夾纈」は今、内田陽一郎氏、内田明司氏両兄弟によって再現されている。果たして現代の「夾纈」を見て古の職人達はいったい何を思うだろうか。
「俺達の夾纈染はそんな方法ではない。」
と、思うのだろうか、それとも
「誰にも真似ができないはずの夾纈染をよくもまあ再現したものだ。」
と、驚いているだろうか。そんな事を考えるだけでも楽しいのである。




 

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