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21. 桜

 染桜は日本の花である。桜は日本の国花と言われているけれども法的に定められてはいない。ただ、菊と桜が日本の花とされている。菊は天皇家の紋章でうなづけるけれども、桜はなぜ国花なのか。それは日本人に好まれているからに他ならない。

 桜が日本人に好まれているのは間違いないとしても、古より桜が日本人の人気ナンバーワンと言うわけではなかった。万葉集の中で桜を読んだ歌は40首余りなのに対して、萩は140首、梅は100首を越えている。古人にとっては萩や梅のほうが人気があったといえる。

 しかし、平安時代に入りその立場は逆転する。平安時代に紀貫之によって編纂された古今和歌集では春の歌130余首のうち、桜が100余首に対して梅は20余首に過ぎない。桜を題材にした代表的な歌に次のようなものがある。

『世の中に絶えて桜のなかりせば、春の心はのどけからまし』 在原業平
『見渡せば、柳桜をこきまぜて、都ぞ春のにしきなりけり』  素性法師

 いずれも、当時の日本人が桜の花を愛でる様が伝わってくる歌である。

 寝殿の両脇に据えられる木は『左近の桜、右近の橘』として知られている。しかし、もともとは、『左近の梅、右近の橘』だった。960年(天徳四年)に皇居が炎上した際に焼失した梅の代わりに桜が植えられ『左近の桜』になったという。

 そのあたりから、桜は日本人の心を捉えるようになり、江戸時代に入ってその人気は爆発的に高まる。平安朝の頃から行なわれていた宮中の桜の花宴は庶民の間でも行なわれるようになる。今日の花見のもととなっている。

 また桜は、『花は桜木、人は武士』と、桜の花の散り行く姿を武士のいさぎよさに例えられて、桜は武士の、あるいは大和魂の象徴ともとられ国粋主義の象徴のようにも取られた事もあった。
 江戸時代中期の国学者、本居宣長は、無類の桜好きだった。彼の自画自賛の句、

  『敷島の大和心を人問わば、朝日に匂ふ山桜花』
は、本人の意に反して国粋主義の波の中で曲解され、桜は特攻精神の賜物のようにされたのは残念なことであった。この句で本居宣長は、日本人を日本にしかない桜(本当は桜は日本だけではなく、中国雲南省やヨーロッパでも自生しているが、当時は日本だけにしか無いと思われていた。)に例えて、『日本人は日本人だ』と言いたかったのではないだろうか。

 どちらにしても桜は日本人に愛でられ今日に到っている。花見時のどんちゃんさわぎの宴を見れば押して知るべし、である。
 それだけ桜が日本人に好まれているのだから、桜がきものの柄の題材にも良く取り上げられる。

 繊細な柄を染めることができる友禅染が大成されてからは尚更のこと、桜を題材とするきものや帯は多く作られた。

 日本のきものは季節と不可分の関係にある。袷、単衣、薄ものと季節によって姿を変え、柄はその季節、または季節を先取りするものが好んで着られた。梅だけではなく、その季節により菖蒲、菊、椿、萩など季節感の強いものが用いられた。きものには、見る者に季節を感じさせてくれるという機能がある。

 しかし、昨今きものを着る機会が少なくなり、季節色の濃いきものは次第に敬遠されるようになってきた。余り着る機会がないのだから、一枚のきもので一年中通そうという訳である。もっとも、どんなきものであっても一年中というのは無理で、袷であれば十月から五月までという事であろう。

 嫁入り支度のきものであれば、訪問着は一枚、柄は年中通るもので、季節には関係のない柄か、季節を感じさせない洋花や架空の花、図案化した花などが重宝がられている。季節感のある花でも、春夏秋冬の花を描いて、何時の季節でも着ることができる、言わばオールマイティの柄付けも人気がある。そういった柄のきものは良く売れるせいか、染屋でも好んで季節感のない、あるいはいつの季節にも合うきものが染められている。むしろ、最近では季節感のある柄のきものを探す方が難しいくらいである。いつでも着れるきもの、というのは、きものの世界では魅力の無いのと裏腹の関係にあることも忘れてはいけない。誰にでも合う洋服は個性の無い洋服なのである。

 季節感のあるきものは、ほんの一時しか着れないように思ってしまうけれども、桜の柄は何時着れるのかと考えてみれば、新春すなわち一月から四月まで着ることができる。四カ月間である。袷の時期が十月から五月までと考えると七カ月のうち四カ月間、すなわち半分以上は着ることができる。桜の柄は決して一時しか着れないきものではないのである。

 桜に限らず、季節感の希薄なきものが多い中、季節感のあるきものを着ている人に出会うと、きもの本来の良さに出会ったような気がするのは私だけではないだろう。

 加えて、桜は日本の花であると言う建て前から、海外でのレセプションなどで季節に関係なく着られているとも聞く。国の花なのだから一年中着用しても構わないというのは行き過ぎかもしれないが、少なくとも日本の花である桜の柄を敬遠する必要は全く無いと思えるのである。  新春から初夏にかけて桜の柄の訪問着や小紋、あるいは色無地に桜柄の染帯は、まさに季節とともに移り変わる日本の風情である。

 春になったら桜の柄のきものや帯を着てみてはいかがだろう。今までにないきものの良さを感じられるように思えるのだが…。




 

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