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19. 九寸織名古屋帯

 きものの用語は曖昧で理解しにくい事は再三指摘した通りです。帯の名称もその例に漏れず曖昧で難しい。

 先日、お客様に帯を見せた時の会話です。
「立派な帯ですね。西陣ですか。」
「はい、西陣です。」
「これは何と言う帯ですか。」
「はい、九寸です。」
「袋帯ではないのですか。」
「ええ、これは名古屋帯です。」
「唄に出てくる塩瀬の帯というのとは違うんですか。」
「はい、塩瀬は染帯ですが、これは織の九寸です。」
 以上の会話を聞いて、すぐに内容を飲み込めるとすれば余程のきもの通である。余りきものに縁のない人にとっては、あたかも禅問答のように聞こえるのではなかろうか。

 帯の名称は形式や素材などそれぞれの観点から違った名称で呼ばれる。この時私がお客様に見せた帯は正確にその名称を網羅して言えば次のようになるだろう。 『西陣』で『織られた』『九寸』の『名古屋帯』。 『 』で括ったそれぞれに意味があり『西陣の帯』『織帯』『九寸帯』『名古屋帯』と、どの名称で呼ぼうとも誤りではない。我々業界の人間にとっては、前後の話の内容に最も適切な名称を取捨選択して呼んでいるので、困らないどころか重宝でさえある。しかし、知らない者にとっては、
「いったい、この帯は何と言う帯なのか。」
と、戸惑ってしまう。 『西陣』とは帯が作られた地名であり、地名をとって帯の名称としている。西陣の帯の他に博多の帯がある。現在帯が作られているのは西陣、博多の他に桐生があるが桐生帯という名称は余り使われない。

 西陣の帯、博多の帯、どちらも帯の形式や格を表わすものではなく、まして高価か廉価かを表わす規準でもない。ただ単に帯の産地を言い表わしただけのものである。しかし、それぞれの名称の響きには深い味わいが感じられる。西陣の帯と言えば、長い伝統に培われてきた高い技術で織られる豪華な帯という響きがある。また、博多の帯と言うと、献上博多帯に代表される、カジュアルで粋な帯を連想させる。

 『織られた』帯の反対は染帯である。帯に限らず、きものには織物と染物とがある。糸を先に染めたのが織物、生地を織ってから染めるのが染物である。西陣や博多で『織られる』帯は全て織帯である。染帯は塩瀬や縮緬の生地に後で柄を染付けたものである。

 完成された帯の幅は八寸(鯨尺で)である。それを半分に折り四寸幅で胴に巻き付ける。従って半幅帯(小袋帯)というのは四寸幅である。袋帯も名古屋帯も幅は八寸である。しかし、名古屋帯には仕立てる前の帯の幅が八寸の物と九寸の物がある。八寸の帯は帯芯を用いず、垂れを織り込んでかがるだけの仕立てをする。九寸の帯は裏に帯芯を張り付け、両側を五分ずつ織り込んで仕立をするので仕立上がりは八寸になる。染帯は全て芯を用いる九寸帯である。

 『名古屋帯』には八寸と九寸があるが、袋帯との一番の違いはその長さである。袋帯は二重太鼓にするので長く、一丈八寸(約410センチ)ある。名古屋帯は一重太鼓なので短く九尺五寸(約360センチ)である。  

 以上の如く、帯はいろいろな名称で呼ばれるけれども、他にも織方の名称として『つづれ』『すくい』『佐賀錦』『しょうは』『唐織』、生地により『縮緬』『塩瀬』『紬』など数え切れないほどの名称がある。

 さて、前置きが長くなってしまったけれども、九寸織名古屋帯という範疇の帯がある。現物を見てもらえば珍しいものでもなんでもなく、「ああ、その帯のことか。」という事になるのだけれども、帯の性格を正しく表わすには前述の如く名前が厳めしいものになってしまう。

 袋帯と名古屋帯では袋帯の方が格が高く、織帯と染帯では織帯の格が高いというのが一般的である。価格的にも袋帯は高価で名古屋帯は廉価である。きものを着る機会が晴れの場がほとんどになってしまった昨今、普段着用の八寸紬帯などは最近問屋に行っても余りお目にかからなくなってしまった。それ故に全体に占める袋帯の割合が次第に高まってきた。加えて袋帯は価格が高いので「帯を勧めるなら袋帯」という呉服屋の姿勢が拍車を掛けたのかも知れない。(これは呉服屋が反省すべきことである。)あまりにも袋帯が一般的になってしまった為に、 「袋帯以外は締めたことがない。」 あるいは、 「袋帯以外は普通の人は締めない。」 と思われているきらいがある。
 お客様が御茶会に行くために帯を見に来たので、名古屋帯を勧めたことがあった。すると、そのお客様日く、
「先生が、せっかくだから御茶会には袋帯を締めてくるようにと言われたので…。」
という事であった。私はお茶の世界は分からないが、御茶席で名古屋帯をしてはいけないという話を聞いたことはないし、重厚な袋帯よりも品の有る軽い名古屋帯の方が御茶席にはぴったりだと思えるのだが…。

 帯イコール袋帯、名古屋帯は仮の帯であるという感覚が広まっているように思えてならない。帯には種類がいろいろあり、それぞれにその使命が有る。晴着の重厚さを演出する袋帯から普段着の半幅帯(小袋帯)に至までそれぞれが必要とされる場があるのである。

 織の名古屋帯は豪華なフォーマル用の袋帯と、カジュアルな染帯との中間的存在と思っていただければ良いと思う。織名古屋帯の中でも、よりフォーマルな物は付下にでも充分に締めていただける物である。又カジュアルな織名古屋帯は大島紬や結城紬などの高級紬にはぴったりで、その良さを引き立ててくれる。

 きものを着るのは、結婚式などの儀式ばかりとは限らないし、きものの好きな人が着るきものはカジュアルばかりとも限らない。洋服でもそうであるように、その場その場に合わせてきものと帯を微妙に変えて着るのがきもの通と言える。

 私はよくお客様に次のような事を言います。
「同じきものでも、帯を代えればきもの全体の格が変わります。その場に応じて帯を代えてみてはいかがでしょうか。」

 同じ付下でも、重い袋帯をした時と織名古屋をした時では自ずから格が変わってきます。格調の高い式には袋帯を締めればよいし、袋帯では仰々しい席には織名古屋帯で臨めばよいのである。小紋でも、しゃれ袋帯をする時、織名古屋帯を締める時、そして染帯をする時、いずれもきもの全体の格が変わり、一枚のきものでも多種多様な着方ができるのである。そういう意味でフォーマルとカジュアルの中間的存在である織名古屋帯は大変重宝な帯と言えるのである。

 式服は袋帯、普段着は染帯といった分極化した固定感覚には捕われずに、九寸織名古屋帯を締めてみれば、きものの世界はそれだけで大きく広がるのである。

 最後に、『名古屋帯』の名称は大正六、七年頃に服装改良運動の一環として、名古屋女学校の創設者の越原春子女子が考案したためにその名があるのだという。ただし、越原女子が考え出したのは胴の部分を半幅にして結びの部分を並幅に仕立てる所謂『名古屋仕立て』のことであって、現在使われている一重太鼓の帯を指したものではなかったらしい。いまでは名古屋帯には『名古屋仕立て』と『開き仕立て』があり、どちらでも『名古屋帯』と呼んでいる。次第に名詞の意味が変わっていくのは曖昧な日本文化のなせる技と言えるかも知れない。

 きものの歴史を紐解くと、『名護屋帯』という名称にお目にかかる。同じ用語でも『絵羽』と『画羽』、『襦袢』と『地袢』などと同じように、違う漢字をあてるこれまた曖昧な日本文化のなせる技と思いきや、実は『名古屋帯』と『名護屋帯』は全く別物である。

 『名護屋帯』は豊臣秀吉が朝鮮に出兵した文禄の役の時に、大陸出兵の拠点であった肥前(佐賀県)の名護屋に朝鮮からもたらされた韓組の技術で創った帯である。唐糸を組んで縄に似ている両端にふさを付けたもので縄帯とも呼ばれていたという。……講釈まで。




 

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