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1. ウールの着物

 きものを良く知る人にとって「ウール」という言葉にはどんな印象を持つだろうか。
「ウールのきもの」と言えば普段着、低価格品というイメージがつきまとっていると思う。
 私はウールという言葉に特別な、というよりも懐かしい響きが感じられる。小学校の頃だったと思う。私は店に飾っている反物を指さして
「これは何?」
と祖父に聞いたことがあった。私は格別きものに興味があったわけではなく、ただ何となく聞いたのだった。もちろん将来呉服屋になるなどとはまるで思ってはいなかった。しかし、応える祖父の目には
「お前はきものに興味があるのか」
という表情が浮かんだのは子供ながら感じたのを覚えている。

 さて、ウールとはどんなきものなのか。当時の私は訪問着もウールも同じように思え、どれが高価なのかは全く分からなかった。ただ、沢山あるきものの中の一つのアイテムとしてウールがあるとしか思ってはいなかった。「ウール」という言葉が「毛」あるいは「毛織物」をさすという事すら分からなかった。

  きものの世界を離れ、洋服の世界で考えればウールは低価格品を意味しない。「ウール100 %」とか「ウールマーク付」と言えば高級品の部類である。「アクリル混」とか「アクリル70%」といえば低価格品である。ウールのきものがきものの世界では低額品である事を知ったとき私は、
「ウールはきものの世界では低級品。洋服の世界では高級品。故にきものは洋服より高級品」
などと、「きものナショナリズム」あるいは「きもの右翼」とでも呼ばれかねない印象を抱いたものだった。  ウールがきものの世界に入ってきたのは、きものの歴史から見れば極最近の事と言っても良い。「毛織物」という素材がなかった日本にウールが入り、それをきものに流用したのだろう。化繊のきものと同じくきものにとっては素材革命だったといえるかもしれない。

 化繊は人絹と言われるごとく絹の代用品として普及した。ウールは紬や綿の代用として普段着として使われたのだろう。しかし、ウールの持つ暖かさは代用と呼ぶに似つかわしくないかも知れない。そういう意味では化繊は何処まで行っても代用品の枠を出ないけれども、ウールはいつしかウールとしての地位を確保し、紬や綿織物の代用とは見なされることはなくなっている。

 それでもウールはあくまでも普段着として用いられた。きものの大敵は汚れであるが、ウールは汚れに対して応用である。縮緬や羽二重のように水一滴さえも避けるようなデリケートな素材とは違い、小雨の中を歩こうともしみにはならない。そういったメンテナンスの上から普段着として普及してきたのである。  しかし、普段着を着る人が減少したのにともない紬とともにウールの生産高は減少した。

 私が小さいときにはウールは店に山積みにされていた。しかし、今はウールを扱っている呉服屋も少なくなってきた。私の店ではまだウールのきものを扱っているけれども、
「あら、ウールってまだあるんですね。」
という客の言葉も聞かれる昨今である。しかし、一方でウールの良さを知る人にとっては根強い人気があることも事実である。そのメンテナンスの良さには離れがたい魅力がある。  「サマーウール」というものがある。聞き慣れない人には不思議な言葉かもしれない。洋服の世界ではサマー(夏)とウール(毛)とは余り結びつかない。私も初めて「サマーウール」という言葉を聞いたときには違和感があった。しかし、サマーウールは実用的なきものである。汗じみを嫌う絹織物と違い、少々の汗がついてもメンテナンスの楽なサマーウールは夏のきものの素材としては最高である。
「ウール(毛)のきものを夏着るのでは暑いだろう」
と思われるかも知れない。しかし、サマーウールを手にとって見てみれば分かるように、見た目も涼しければ、着ても又涼しいのである。明石縮みのようなシャリ感のある透けた感触が涼しさを演出してくれるのである。このような繊細なウールの織物ができるのも、日本の織物文化の賜物であると私は思っている。  ウールの柄には紬の柄を真似た絣柄や縞柄がある。いづれも普段着として紬やお召しと見紛うようなものもある。価格、メンテナンスともに、普段着あるいは初心者のきものとして最適ではなかろうか。手軽に着られるウールが手に入らなくなるのも寂しいような気がする。


 

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