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Ⅶ-40 着物の処分・古着(その3)

我々呉服屋がお客様に着物を売る場合、お客様の目的と好みに合わせて商品をお目に掛ける。成人式であれば振袖を。結婚式であればそれに相応しい晴れ着を。おしゃれ着であれば財布と相談して相応しい紬を、と言ったように。

しかし、着物を譲る場合、その着物が譲られる人が必ずしも欲している着物とは限らない。いやむしろそうでない場合がほとんどであると思った方が良い。振袖を欲しがっている人に振袖を、と言うのは確率から言って非常に少ないだろう。

親族であれば、「とりあえず貰っておいて」と言う事もあるかもしれないが、全くの他人に有償無償で譲るとなると、好みと需要とが一致すると言うのは殆どないと考えた方が良いかもしれない。
それでも、「邪魔になるので幾らででも処分してしまいたい」と言う人もいる。

着物に限らず中古品の買取は行われている。着物に限って言えば、ここ十数年前から古着の市場が盛んである。古着を専門とする全国チェーンもいくつかある。そして、それらの店の商品を集めるために積極的に古着を買い集めている。

そういう店では古着を買い取ってくれる。しかし、実際に買い取ってもらった人の話では極安価な価格での引き取りである。私は古着の商売はしていないが、古着を安くしか買い取らない事情は理解できる。

買い取った古着が全て売れるわけではない。売れるのは一部で、大半の残った古着は裁断して端切れとして売るらしい。そうすると、押しなべて買い取る古着は極安価でなければ採算は取れないだろう。

私も古着店を覗いたことがある。「よくもこれだけ集めた」と思えるほど商品が並んでいる。中には、本場大島紬や加賀友禅などもある。それらは古着の中でも別格扱いにされていた。

仕立上がった本場大島紬にまだ仕付け糸が付いたものもあった。店の人が作為的に仕付け糸を付けた訳ではないだろうが、9マルキの本場大島紬が誰かの為に仕立てられ、袖を通される事無く古着屋に並んでいるとすると、呉服屋としては複雑な気持ちになってしまう。

大島紬に限らず、「娘の為に」と仕立てた着物が、時代が変わり着物を着なくなった現代、袖も通されずに古着屋に並んでいるのに何故か哀れを感じるのは古い人間だろうか。

感傷はさて置いて、着物を処分したい人がそのようなルートで処分・売却するとしたらどうなのだろう。極安価な価格(いわば二束三文)で引き取られるのを承知で売却しているが、問題はないのだろうか。

買い取るお店によっても違うかもしれないし、私は本当の実態を知らない。しかし、呉服を扱う者として少々気になることがある。

つづく

Ⅶ-40 着物の処分・古着

最近、着物の処分に関する相談が増えてきた。「処分」と言うのは、必ずしも捨てる事ではなく、親や知人から譲られた大量の着物についての相談です。

先日、高校時代の同級生から電話があり、
「お前呉服屋だったな。親父の着物見てくれないか。俺はさっぱり分からないから。」
そう言って、風呂敷に二包みの着物を持ってきた。

このような場合、相談の内容には、次のようないくつかのパターンがある。

➀ 自分が(あるいは娘が)着たいと思うけれども、果たして着れるものかどうか。着られるとしたらどのような加工が必要でいくらぐらい加工代がかかるのか。

➁ 自分は着物を着ないので売り払いたい。売るとしたらどうすればよいのか、そしていくらぐらいで売れるのか。

➂ どうしようもないので捨ててしまいたい。しかし、価値が分からないので、高価な着物があるかどうか見てもらいたい。そうでない物はタダで良いから引き取ってもらいたい。

➃ 着物の事は全く分からないのでどうしたら良いか教えて欲しい。
大まかに言えばそのような相談である。

その同級生の場合は概ね➂のパターンだった。

聞けば、父親の着物を処分したいと言う。私は呉服屋として、できるだけ着物を大切に伝えてもらいたいと思っている。相談にいらっしゃる方には、「誰か身内で着る人がいたら着てもらうのが良い」と言う立場でお応えしている。

「なんだ、自分で着ればいいじゃないか。」

その友人にそう言うと、
「俺は着物を着ないし、俺の分は俺の分で親父が仕立ててくれた着物があるんだ。」

そして、
「処分したいので、誰か着る人がいたら着てもらって。」
と言う訳で、誰か貰って着てくれる人を探すことになった。

持ってきた着物は、黒紋付と袴一式、大島紬アンサンブル一式、紬アンサンブル一式、ウールの着物等だった。黒紋付は、今では手に入らない様な立派な塩瀬羽二重地だった。仕立替えしても値打ちがある生地だったが、紋付の場合紋が入っているので他の人はそのままでは着られない。黒の紋入れ替えは難しいので貼り紋になってしまう。

差し当たって黒紋付を着る人と言えば、謡曲家か弓道家である。お客様に弓道家がいらっしゃるので着る人を探してもらう事にした。

他の着物は、知り合いの演劇集団に声を掛けたら直ぐに飛んできた。時代劇の演劇集団なので着物はいくらでも欲しいと言う。

何とか着物の嫁入り先を見つける事ができた。

さて、このケースは➂に該当するが、何時でもすぐに嫁入り先が見つかる訳ではない。一般的なご相談にはどのように対処したらよいのか、改めて考えさせられた。

つづく

Ⅶ-37 またまた呉服業界の危機(羽二重がなくなる)その3

呉服の市場はここ三十年間確実に縮小してきた。市場の縮小と共に呉服の生産も縮小している。業界が縮小した場合、我々小売屋はどのように対応すればよいのか。

業界の縮小と共に小売屋は淘汰され店を閉める者もいる。そうして縮小したなりの均衡した市場になる・・・とすれば、そう大きな問題でもないかもしれない。

消費者や市場が小売屋を取捨選択し、いわゆる「見えざる神の手」によって呉服業界は縮小安定するかもしれない。しかし、それでは済まず、呉服業界が一瞬にして崩壊するかもしれないリスクを含んでいる。

呉服の生産が縮小すれば生産現場では、白生地、染呉服、帯地、その他呉服に関するあらゆるアイテムの商品の生産が減少する。あらゆるアイテムの商品が均等に減少するのであれば均衡縮小となるかもしれない。しかし、呉服業界の縮小は限界点に近づき、特定のアイテムが消滅する危機に陥っている。

例えば、あるアイテムが元々10万反製造されていたとする。需要の減少に伴い5万反になるとどうなるのか。メーカーでは売上の激減で続けられないメーカーも出てくる。市場に淘汰されながらメーカーの数が減り、残ったメーカーは継続して生産する。

更に需要が減少し1万反になった時、更にメーカーは淘汰されたったの2~3社しか生き残れなくなるかもしれない。そして、3,000反に減少した時、1社しか残れない、それも何とか生産を続けている、と言う状態に陥る。あるアイテムを生産するメーカーが1社になった時、最後まで残った独占メーカーと言う輝かしい称号が得られるかもしれないが、その実そのメーカーは大変な苦労を強いられる。

そのような状況は既に呉服業界では現出している。生産反数が往時の1/100などと言う事があるのか、と思われるかもしれないが、次のようなデータがある。

本場奄美大島紬の生産反数は昭和47年に297,628反。平成30年には3,862反である。55年で1.3%にまで減少している。実に98.7%の減少である。また、丹後ちりめんは昭和48年に919万反だったが、平成26年には40万反と約4%にまで減少している。

さて、話を戻すと1社で3,000反生産していた物が更に減り1,000反、500反となったらどうなるだろう。如何に独占企業と言えども生産に要する固定経費すらも賄えない状態となる。

羽二重が無くなる原因はそのようかと思う。市場が縮小しようともまだ相当数の需要(複数のメーカーが生き残られる程度の)があれば生産は続けられるが、男物の紋付地の市場は極めて小さい。1社ですら持ちこたえられなくなったのだろう。

このような状況が進めば、我々小売屋はどのように対処したらよいのだろうか。
「男の黒紋付を」とやってくるお客様に、「黒紋付はありません。黒紋付の生地は、この世から消えました」とは言えない。

つづく

Ⅶ-37 またまた呉服業界の危機(羽二重がなくなる)その2

羽二重地は昔から福井や福島、新潟で織られてきた。福井は主産地で、今でも胴裏地の多くを織っている。新潟の五泉市は塩瀬羽二重や紋付地の羽二重地を織っていた。次第に福井では胴裏が中心となり、紋付地は五泉市が主産地となっていた。

数年前、染帯に使う塩瀬羽二重地がなくなると言う話を聞いた。しかし、今でも塩瀬の染帯は見かけるので未だ織られているのだろう。ただし、塩瀬ではなく光沢のある縮緬地を使った染帯も見かけるようになった。

どちらにしても染帯に使う塩瀬羽二重地が消滅に向かっている感はあった。そんな矢先「紋付地がなくなる」と言う話である。

羽二重の紋付地を織っているのは、五泉市の一軒だけだったらしい。その織屋さんが織るのをやめると言うのである。

唯の一軒が生産するのは独占である。需要が少なくなったと言えども、全国の需要を一軒で独占するのであればやっていけない事もないと思うのだが、呉服業界はそれ程厳しいらしい。

羽二重地というのはとても難しい生地である。難しい、と言うのは、まず織るのが難しい。縮緬の様にシボがなく光沢がある為に難が出やすい。不純物が混入したり、織りに難が生ずると素人目にもすぐに分かる。

それに染めるのが難しい。黒紋付の場合は目立たないが、色紋付に染めると染ムラが出やすい。羽二重地の無地染めは、染屋さんに嫌がられてしまう。

今回、羽二重地が無くなると言う話を聞いて、
「在庫はまだあるのですか。」
と聞いた。すると答えは、
「今はありますけど、必ずあるとは限らないので安受けしないでください。特に色物はクレームフリーだそうです。」

つまり、現在手持ちの在庫が切れればおしまい。色紋付は染めるけれども染難がでても染替える生地もないので引き取ってもらえるのならば染めます、と言う事だった。

染難については、昨今の状況を見るに、型染の僅かな誤差も染難と見る風潮も否定できない中で、染屋は大変やりづらいだろうと思う。

それにしても、果たして本当に紋付地の羽二重は消えてしまうのだろうか

つづく

Ⅶ-ⅻ 着物との本当の付き合い方とは(その2)

着物を着る人、買う人の立場に立てば、着物は買いづらいものであるのは否めない。着物を買うとなると、展示会に連れて行かれて高額の着物を勧められる。長期のローンを組まされて長い間支払いを続けることになる。そこで買わせられる着物は普段着ではなく晴れの着物。着物は宝石のように一生に一度のお買い物のような印象受ける。

着付を学ぼうと思えば無料着付け教室と称して高価な着物を買わせられる。着物を買わせられなくても着付け道具を買わせられる。本来なかったような(昔の人には不要な)着付け道具は、着付けを手助けするのではなく、それがなければ着付けができなくなるという功罪がある。

これでは着物は買いづらい物を通り越して、特殊なものとしか受け取れなくなってしまう。

料理の例に戻ると、和食が超高級料亭でしか食べられなくなったようなものである。和食を食べたいという人を無理やり料亭に連れて行って高学な料理を食べさせるようなものである。和食を出す店は、料亭の他にも一品料理の店から郷土料理、居酒屋、安価に飲める一杯飲み屋まであるのだけれども、呉服業界では和食と言えば高級料亭しかないのだと消費者を惑わせているのようなものである。(実は、呉服業界でもっと問題なのは、高級料亭の料理だと言いながらレトルト食品を出している実態が見受けられることなのだが。)

呉服業界が健全な状態に戻るには、和食の業界と同じように高級な料理から家族で食べに行ける料理屋、安価に一杯飲める料理屋まで消費者の様々な需要に応えられる体制にしなければならない。

昔は絹物を売る高級呉服屋と綿反を売る着物屋があった。後者は太物屋と呼ばれていた。どちらも扱っていた店もあっただろう。消費者は晴れ着から普段に着る着物まで必要に応じて店を選び着物を買っていた。今は太物だけでは商売ができないので、高級品ばかり扱う為に、かえって消費者が呉服屋から離れている。

和食業界のようにもっと身近に着物を着る環境を創らなければならない。「着物を着る環境を創る」などと言えばいかにも大げさに聞こえるけれども、何のことはない昔の呉服屋に戻ればよいのである。しかし、時代は逆戻りはしない。無理に時代を逆戻りしたところで商売は成り立たないだろう。

ここで考えるべきことは、消費者の意識を着物本来の物に戻すことである。戻すというよりも、昔日本人は着物とどのように付き合っていたのかを理解してもらえれば着物を取り巻く環境も随分と違ってくるはずである。

今の着物は非日常的に高価で腫物を触るが如く扱われている。昔はどうだっただろうか。普段、日常来ている着物はどのようだっただろうか。

そんな事を考えている私だったが、それを後押ししてくれるようなお客様が現れた。先代、先々代より親しくさせていただいている家の息子さんである。

つづく

 

商品紹介「夏物おしゃれ着」

紬を中心とした夏物を紹介いたします。「YUKIYA SELECTION」(過去のセレクション)をご覧ください。

【小千谷縮】

夏の普段着として、また浴衣として一番涼しいのが小千谷縮です。麻織物ですので汗を吸い、風を通しますので見た目よりもずっと涼しい着物です。

麻織物と言えば「〇〇上布」と言った高価な織物を連想する方もいらっしゃるかもしれません。しかし、小千谷縮はラミー紡績糸を使用しているので価格も比較的安く、縞の小千谷は50,000円です。夏の高級浴衣としてお召しになってみてください。

参照「きもの博物館10.小千谷縮」

【越後夏大島】

大島紬は高級紬として知られ、夏大島も希少で高価な織物です。新潟県十日町では風合いをそのままに「越後夏大島」として織られています。

価格は118,000円です。

【越後夏結城】

「越後夏大島」同様、「越後夏結城」が織られています。本場結城紬は紬の最高峰として知られていますが、本場夏結城紬をご覧になったことのある方はいらっしゃるでしょうか。本場夏結城紬は今織られているかどうかは分かりません。

私は三十数年前、京都にいたときに一度だけ扱ったことがあります。本場結城紬の特徴である真綿紬糸で透けるように織られた織物でとても高価でした。しかし、真綿であるが故に着てみると暑いという話でした。私は着たことがないので何とも言えませんが、真綿である以上暑いのは避けられないかもしれません。

「越後夏結城」は経糸に生糸を使っていますので、本場結城の様に暑いことはありません。夏から秋の単衣の時期にぴったりだと思います。一度お試しください。
価格は、128,000円です

【明石縮】

強撚糸を使用した織物で、シャリ感があり涼しさを感じさせる織物です。大正時代から昭和にかけて大流行したと言われていますが、一時廃れ、後何度か再生しています。新潟県十日町根啓織物さんの明石縮を仕入れています。機も少なく、産地に行っても数反しかお目人掛かれないこともあります。日本の夏を感じる織物です。長くおり続けてもらいたいものです。

価格は123,000円です。