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Ⅶ-26 再々・・・度、着物のしきたりについて(その2)

「道」(タオ)は、哲学的にはとても難しい概念で、私が解説できる代物ではないが、私は「真実」「真理」または「人の道」と解釈している。私なりの言葉で老子の言葉を解釈すると次の様である。

「人が歩むべき真理は、『これがそうです』と言葉で言える物であれば、それは本当の人の歩むべき真理ではない。真理には名前やお題目もない。・・・・・名の無い真理をすべて受け入れようとする人には真理の本質を認識できるが、真理を我が物にして、そのお題目に与ろうとする者には真理の本質は見えず、その形骸を認識するのみである。」

「道」と言う深遠な概念は人が言葉で表現できる域を超えている。しかし、それは認識できない事ではないが、認識しようとすれば逃げて行くのである。

大変哲学的な話になってしまったが、この言葉は、着物のしきたりの本質を突いているように思われる。

日本の着物のしきたりは、千数百年の時を経て確立されたものである。時代の変遷により着物の形態は微妙に変わり、また社会体制の変化による礼儀や常識も変わってきた。しかし、時代や地域によってしきたりは一見バラバラにも見えるが、衣装に対する日本人の意識(日本人だけでなくどの民族の意識も)には真っ直ぐな筋が通っている.

そのしきたりをお題目で把握する事はとても困難、いや不可能である。

老子の言葉を再度、着物のしきたりに合わせて要約してみる。

「『これが着物のしきたりです。』と言葉で言える物があれば、それは本当の着物のしきたりではない。着物のしきたりを一覧にする事は出来ない。・・・・着物を着る時には、自分の着物の知識や持っている着物を誇ることなく、何を着ればその場に一番合うのか、その場の雰囲気を盛り上げ、他人の心を満たせられるのか、そう考えて着物を着る人には着物の本当のしきたりは見えてくる。しかし、己の知識をひけらかし他人に押し付け、『着物のしきたりはこうだ。』と断言する者は、何時まで経っても本当の着物のしきたりは見えず、着物のしきたりの形骸しか認識できない。」

きもののしきたりを知ることは、今迄積み上げてきた日本の文化、日本人の心を知る事である。日本人が何を大切に守ってきたのかを考えれば、きもののしきたりは朧気ながら見えてくるのではないだろうか。

Ⅶ-26 再々・・・度、着物のしきたりについて

着物のしきたりについては何度書いてきただろうか。読者には、「また同じ話題か」と呆れられるかもしれない。しかし、私はこの問題について何度書いても、何度言葉を替えても、未だにすっきりしない。

私の思っていることが読者に正確に伝わったのか。そして、私の知識不足が、かえって着物を着ようとする読者を混乱させているのではないかと言う思いが強くなってくる。

一つの事を説明しようとする場合、同じ方向から言葉を替えて説明しようとしても中々真実は伝わらない。例えば、茶筒の形を説明しようとした場合、「茶筒は丸い物だ」と言えば、真実を言っているが、読者に茶筒の本当の形は伝わらない。「横から見れば四角です」と言えば、少しは真実に近づけるように、着物のしきたりについてちょっと違った角度から書いてみようと思う。

中国の思想家に老子と言う人がいる。春秋戦国時代に活躍した諸子百家の一人で、荘子や列子とともに、道家と言う学派の思想家である。紀元前6世紀半ばに生まれたとされている。(はっきりとしたことは分からない。)儒家の孔子が生まれる少し前らしい。

その老子がたった一冊の書物を残している。「老子道徳経」と呼ばれる書物である。「道徳経」と言っても、お経の本でも宗教の本でもない。人の生き方を解いた哲学書である。

老子は、書物を残さず自分の思想を人に押し付ける事もなかった。世の乱れを嘆いて世を捨て、当時の中国の西の端である函谷関から西へ旅立とうとする。(一説ではローマに向かったとも言われている。)

その時、函谷関の関所の役人である尹喜と言う人物が老子に教えを書いてくれるように頼み、老子はそれに応じて「道徳経」を著した。もしも、尹喜が老子と出会わなければ、老子の哲学は今日に伝わらなかったかもしれない。

さて、「道徳経」は同じ道家の荘子が著した「荘子」と共に私の座右の書である。諸子百家と言えば、儒家の孔子の書いた「論語」が有名で、広く一般に知られ受け入れられているが、老子の思想は、現代人が忘れた、そして現代人には必要な思想である。

一般に、儒家と道家の思想は相反し、相容れないように語られることがあるが、決してそうではない。「論語」と「道徳経」には似たような教えもある。その「道徳経」に着物のしきたりを説くのに相応しい行がある。道徳経、第一章の冒頭の行である。

道可道、非常道、名可名、非常名、・・・・・故常無欲、
以観其妙、常有欲、以観其徼・・・・・

(道の道(い)う可きは、常の道に非ず。名の名づく可きは、常の名に非ず。・・・
故(まこと)に「常に欲なきもの、以て其の妙を観(み)、常に欲有るもの、以て
其の徼を観る。・・・・)

これを現代語訳にすれば、

「「道」が語りうるものであれば、それは不変の道ではない。「名」が名づけうるも
のであれば、それは不変の「名」ではない。・・・・まことに「永久に欲望から解
放されているもののみが『妙』(かくされた本質)を見る事ができ、決して欲望か
ら解放されない物は『徼』(その結果)だけしか見る事ができない」のだ。」

となるが、これでもまだよく分からない。

つづく

Ⅶ-25 振袖・成人式の行方(その3)

「成人式=振袖」「振袖=成人式」と言う意識は、それを販売する側が強いてきたように思える。受け入れる側は、着物に全く触れていない世代、着物に疎い世代である。「成人式=振袖」「振袖=成人式」の意識を販売する者に叩き込まれ、本来の振袖像は全く見えない状態に置かれてしまっているのではないだろうか。

レンタルの振袖が増えている。昔は(私が成人式を迎えた時代は)、レンタルの振袖は殆どなかったと思う。結婚式で着るような振袖はあったけれども、成人式用の振袖は聞いたことはなかった。あるいはあったのかもしれないが、極一部だっただろう。

親は娘に何度も振袖を着てもらうために仕立てていた。できれば孫(娘の娘)にも着てもらいたいという思いも込めていたかもしれない。

成人式で着られている振袖や紋付の中には、「これが振袖?」「これが紋付?」と思われるようなものがある。明らかに、「成人式以外では着れないだろう。」と思えるものもある。それらは、正に「成人式用衣装」である。愛着をもって何度も着て、子や孫に伝えたいという気になるのだろうか。

着物を着る人が少なくなり、若い人の振袖に対する関心も次第に薄れてきていた。そこで、業界がやるべきことは、まず日本の振袖のすばらしさを紹介し、振袖本来の意味を広める事ではなかったのか。

しかし、向かった方向は、如何にして振袖を売るか、如何にして振袖の売上を落とさないか、だった。そしてその先にあったのが成人式だった。

今、振袖を売る業界の人達が、成人年齢を引き下げる改正法に頭を悩ませている。成人式がなくなれば、あるいは成人式で振袖が不要になれば業界には影響がある。場合によっては、振袖の販売量が激減ということにもなろう。振袖の販売量が減ることは、染屋にも大きな影響があり、業界が疲弊する事を私も憂いている。しかし、そのような状況を創ってしまったのも業界であると言って過言ではない。

「たかが法律」に振り回されるような日本の文化であってはならないと思うのだが、もう遅いのだろうか。

Ⅶ-25 振袖・成人式の行方(その2)

地方によっては、祖父母の葬式に孫が振袖で参列する慣習が残っている。祖父母を一番きれいな姿で送ってあげたいと言う気持ちなのか、また村人が集まる葬式で「この村にこのような綺麗な娘がいますよ」と紹介する意味もあったと言う。

そのように振袖は折に触れ着られてきた。成人式もその振袖を着る良い機会だった。成人式は戦後始められたものである。振袖は成人式に相応しい着物ではあるが、決して成人式用の着物ではない。成人式にも着られる晴れ着だったのである。しかし、いつしか「成人式=振袖」「振袖=成人式」になってしまった感がある。何故そのようになってしまったのだろうか。

日本の新成人人口は減り続けている。平成17年の女性新成人は73万人だったが、平成29年は59万人である。それでも、成人式出席率が60%、振袖着用率を97%とすると、34万3千人の新成人女性が振袖を着用した事になる。確実に34万3千着の振袖が必要になる。34万3千人の若い女性が一時に一斉に振袖を着る。供給する側にとってはこれ程良い商機はない。

成人式に出席する女性のほとんどが振袖を着る。着る人は特定できる。着る日も特定できる。となれば自ずと商戦も激しくなり商売合戦となる。

通常、商売合戦となれば、利するのは消費者である。商う者は自ずとより良い商品をより安く消費者に提供しようとするからである。しかし、振袖商戦ではそうはならなかった。

商戦は、価格の低下を招いた。これは無消費者にとってよい事である。セット販売などで、価格が分りずらかった振袖のセット価格を明確にし、誰でも振袖を着れる様になった。しかし、価格の低下以上に質の低下を招いたように思う。誰もが高価な手描き友禅の振袖を着るわけにはいかず、低価格化に質の低下が伴うのは仕方ないが、品質の割に価格は下がっていない。

商戦の激化は、価格の低下以上に次のような商法を招いてしまった。

①ノベルティ商法
振袖購入者に多大のノベルティを付ける事で販売を拡大しようとした。海外旅行や高額な電気製品など、振袖とノベルティのどちらがメインなのか分からない物もあった。

②展示会商法
展示会に招いて過度な接待をして販売につなげていた。中には、展示会に来た客は逃すまじと、しつこく購入を迫るケースもあった。

④若年齢からの囲い込み
成人に達するはるか以前からDMを送り見込み客を確保していた。
配られるDMは、次第に豪華さを増し、豪華なカラー冊子やビデオテープ付もあつた。その経費たるや、振袖代金に上乗せされていることは明らかなのだが。

⑤早期の約定
振袖販売、レンタルを問わず、成人式の二年前、三年前から約定を採り、浮気できないように代金まで徴収している。早期に約定を採る殺し文句は「早く約定しないと、着付けの良い時間がとれません。」と言うものだった。

約定は早く採ったものが勝ちである。振袖販売、レンタル業者は、他店がやれば自分の店でもやらざるを得ず、それがエスカレートして二年前、三年前となったのだろう。

先の「はれの日」の事件で分かったように、早期の約定、代金の支払いは多大のリスクを伴うのである。

振袖販売、レンタル業者は「はれの日」のような業者ばかりではない。良心的にまじめに販売、レンタルしている業者も沢山ある。しかし、「悪貨は良貨を駆逐する」如く、振袖の商法は次第に上記のような商法をエスカレートさせてきた。

つづく

Ⅶ-25 振袖・成人式の行方

6月13日に成人年齢を20歳から18歳に引き下げる改正法案が成立した、と業界ではもっぱら話題になっている。以前から、成人年齢の引き下げは話題になっており、成人式と振袖への影響が語られていた。

既に周知の事と思うが、成人年齢が18歳に引き下げられた場合、業界として次のような事が懸念されている。

①成人式の対象は18歳になるのか。
18歳は高校三年生にあたり、受験生にとっては1月の成人式に出席する人が減るのではないか。

②同法が施行される平成22年4月1日以降、即ち平成23年に行われる成人式は、18,19,20歳の各年代が一度に成人式が行われる。果たしてその対応はできるのか。

③振袖は果たしてどうなるのか。
成人式への出席者が減り、販売に影響するのではないか。成人式を夏に行う市町村が増えて、販売に影響するのではないか。

以上の懸念が業界では絶えない。

①は、当たり前に考えればその通りになるだろう。受験を目の前にした高校三年生が、振袖を着て1月の成人式に出席する人は減りこそすれ、増える事はないだろう。

②も、その通り混乱するかもしれない。大きな問題ではあるが、過渡的な問題なので、それ以上に、その後どうなるのかが問題である。

③成人式に出席する人数が減れば、そのまま振袖の販売に影響するのは必至である。成人式を出席しやすい夏場(盆等)に行うとすれば、これもまた季節柄振袖を着る人の数は激減するだろう。

このままでは政令により呉服業界は大打撃を受けそうである。呉服業界は、政府に抗議するだろうか、あるいは抗議とまでは行かなくても、何らかの是正策を要求するかもしれない。あたかも自分たちは政令変更の犠牲者であるかのように。

呉服業界に影響があるのは事実かもしれないが、そうなってしまった原因は呉服業界側にもあると反省しなければならない。

呉服業界は、振袖をどのように扱ってきただろうか。

振袖は、言うまでもなく若い女性の第一礼装である。着物の中でも最も華やかで美しく、日本を代表する衣装である。外国人の振袖に対する興味は唯ならぬものがある。

もともと振袖を仕立てるのは、子や孫に美しく着飾ってほしいと思う親心のなせる業だった。親であれば、誰しも娘や孫に美しく育って欲しいと願う。それは、良き人に出会い、一生幸せに暮らして欲しいと言う気持ちの顕れだっただろう。

振袖は晴れ着である。式服として晴れの場で着られていた。昔は、正月に振袖姿を良く目にした。デパートや銀行などでも正月は女性の店員、行員が振袖で接客する姿もあった。兄弟や親戚、友人の結婚式、お見合いの席でもふりそでの姿があった。

つづく

Ⅶ-24 難解な着物用語その後

私が着物に関するエッセイを書き始めて二十数年になる。最初に書き始めたのは「きもの春秋」である。消費者により正確な着物の知識を伝える事と呉服業界の余りにもねじ曲がった体質を少しでも是正せんがためだった。

その「きもの春秋」に初めて載せたエッセイが「難解な着物用語」であった。内容は、初めて着物に接する人にとって着物の用語はとても複雑かつ難解であり日本的な表現を使う、と言うものだった。

これまでお客様から着物の説明を求められれば、それなりに説明してきた。しかし、最近、私が年を取ったのか、はてまた頑固になったのか、説明が長くなってしまう。

先日、お客様から質問された。

「これは縮緬ですか。」
「そうです。」
「そちらの生地は?」
「それも縮緬です。」
「これとそちらの生地はどう違うのですか。」
「縮緬と言うのは、生糸を束ねた糸に撚りを掛けて・・・・」

縮緬の全体像を理解してもらうには、その製法から説明しなければならない。

「こちらは一越縮緬でシボが低く、こちらは鬼縮緬でシボが目立つんです。」

話はそれで終わらずに、

「縮緬でない生地には羽二重地があって・・・・。」

話は長くなってしまう。

また他のお客様に辻が花模様の小紋を進めていた時、

「これが、辻が花と言う着物ですか。」

そう言われると私は返答に窮してしまう。今目の前にある小紋は「辻が花染」ではない。正確に言えば「辻が花染に良く使われている柄」を小紋にしたものである。「辻が花」を詳しく説明しようとすれば、

「辻が花は戦国時代、安土桃山時代に染められたもので・・・・・、絞り染めですが・・・・一般に辻が花染と思われているのは、久保田一竹と言う染織家が染めたもので・・・・本当の辻が花は・・・・。」

と、また延々と続いてしまう。

お客様がどこまでの説明を求めているか分からない。しかし、「これが、辻が花と言う着物ですか。」と聞かれて「はい、そうです。」とは言えない。

自分の言葉足らずの説明によって誤解が誤解を生みおかしな方向へ行かないか、心配になってしまうのである。

もとより着物の用語は複雑難解である。それに加えて、最近は初めて着物に触れるお客様もたくさんいらっしゃる。着物の事を、より簡単に説明したいと思うけれども・・・・どうしたら良いのでしょうか。

Ⅶ-23 呉服業界分析(その2)

健全な経済、健全な流通とはどのようなものだろうか。

流通は需要と供給によって支配される。需要があればそれに供給が伴う。品不足であれば生産を増やし、その逆であれば在庫はだぶつく。人々が欲しいと思うものを創れば商品は売れ、欲しくない物を造れば誰も買ってはくれない。

どちらにしても、需要と供給の齟齬は、アダムスミスの言葉を借りれば「見えざる神の手」が是正してくれるはずである。

しかし、現実の経済では、それに違う事は良く見かける。

ここ数年イカの不漁が続いている。イカと言えばそれ程高級な食材ではないけれども、最近は高値が続いている。寿司屋に行ってもイカない時も多い。イカを食べたいと言う人がいてもイカが入荷しない。

随分前の話であるが、サンマが獲れすぎたことがあった。その結果、サンマの価格が暴落した。需要よりも供給が大幅に上回ったのである。

また、平成米騒動と言うのもあった。米が不作で緊急に外米を輸入していた。当時、店にやってきた問屋の出張員が、「反物を売るよりも、山形で米を買っていった方が儲かりますよ。」と冗談を言っていた。

これらは、需要と供給の齟齬が是正されない例だけれども、いずれも自然相手の供給である。自然相手の商売(生産)は人間の力の及ぶ範囲ではないので仕方がない。

中国が改革開放の波によって鉄鋼を増産した。その結果、大量の在庫が積み上げられ、世界の鉄鋼市場に多大な悪影響を与えた。中国が需要を無視して鉄鋼を増産したのである。これは、中国が長年社会主義と言う「見えざる神の手」の届かぬ幕の外にいたための弊害であっただろう。需要の伴わない大増産は、まともな自由主義圏では起こり得なかったことだろう。

さて、わが国ではどうだろうか。供給過多が随所で見受けられる。

大量に捨てられる食品。そこには賞味期限と言う人為的なごみ捨て基準によるものもあるが、食べ残しの類も多い。次々に買い換えられ廃棄されるパソコンや携帯電話。しかし、これは技術革新のたまものとも言えるし、食品の廃棄も供給過多とは言えないかもしれない。

さて、呉服業界はと言うと、供給されたものが正しく消費されているのだろうか。

着物が消費されるというのは、着物を着る事、帯を締める事である。「結婚式で着る」「お洒落に着て歩きたい」、これらは需要の欲求を伴う健全な需要と言える。私の店にやって来るお客様は、「結婚式に出るので」「子供の七五三の時に着るので」「小紋を一着欲しいので」と、動機をもって着物を買いに来る。

呉服業界の需要3,000億円がこのような動機に支えられているのであれば健全な業界と言える。しかし、3,000億円のうち、果たしてどれだけ健全な需要があるのか疑問に思う。

「Ⅶ-ⅺ 再度、着物の価値について」で記したような、着もしない着物を大量に買う(買わせられる)と言う例が後を絶たない。あの手この手の販売方法で、需要の伴わない供給(販売)がこの業界では成されている。

どんな業界にせよ、健全な需要を追ってこそ健全な業界として将来が開けると思えるのだが、呉服業界の本当の規模は一体どのくらいなのだろう。考えると夜も眠れなくなるのである。

Ⅶ-23 呉服業界分析

「かつて2兆円あった呉服業界の規模は3000億円を下回ってしまった。」とは幾度か書いてきた。七分の一以下になってしまった呉服業界だけれども、実際どのような状態なのだろうか。

「店の売り上げが七分の一になってしまった」と言えば大事である。大事を通り越して普通なら倒産、廃業になってしまうだろう。呉服業界は大変な状態になったと誰しも思う。では、現在の呉服業界は、日本の経済の中において、どのような位置を占めて、どのような状態なのだろうか。

業界別の売上を見てみると、日本の花形産業である自動車業界の規模は68兆円である。続いて、家電業界が67兆円、情報通信が45兆円、建設16兆円、鉄鋼15兆円という数字が並んでいる。呉服業界の隣にあるアパレル業界は5兆3,750億円である。日本の衣装である呉服が3,000億円。西洋の衣装である洋服がその18倍である。

日本の衣装が西洋の衣装に完全に駆逐されている、と言った少々右寄りの意見が聞こえそうだけれども、現代の生活様式が西洋化したことは否めない。この数字は真摯に受け止めなければならない。それにしてもいくら30年前でも、呉服業界は2兆円あったと言う数字の方が驚かされる。アパレルとの差がそれ程開いていなかったのはどういうことなのかと不思議に思われる数字である。

もっと細かく業界を見てみると、百貨店は7兆7,511億円、出版業界は1兆1,112億円、映画業界が7,377億円である。更に、呉服業界と肩を並べそうな業界では、靴が5,600億円、スポーツ用品が5,209億円、ジュエリーが3,144億円、メガネが1.265億円である。

この辺まで来ると、呉服業界の3,000億円弱という数字はそれ程見劣りはしない。靴やスポーツ用品、ジュエリー、メガネと言った商品は数字の浮き沈みはそれ程大きくないように思える。
靴は洋服を着る以上必ず履くものである。メーカーによっては浮き沈みもあるだろうけれども、全体として急激に増えたり減ったりはしそうにない。

スポーツ用品も、新しいスポーツが次々に現れ、それに対応した商品が創られている。人口が激減しない限り総量はそれ程変わらないように思える。

そうしてみると、かつての呉服業界2兆円は益々奇異に思えてくる。

ジュエリー業界は決してマイナーな業界とは受け止められていない。それは商品に対する印象がそうさせるのかもしれないが、世界中で商いされている言わば全世界のジュエリー業界の一部として機能している日本のジュエリー業界である。

メガネ業界も決してマイナーな業界ではない。メガネ屋さんはどこの街にもある。生活必需品を売る店として市民権を得ている。

果たして呉服業界の3,000億円という規模は現況では適切且つ健全な数字なのだろうか。私は決してそうは思わない。

つづく

Ⅶ-22 絹の動向(その5)

これまでの経緯を見てみると、日本の絹は需要の減と価格の高騰によって生産数量が減少した。そこに価格的に安い海外の絹が入りそのシェアを広げてきた。それによって益々日本の絹は減少していった。

絹全体の供給は、安定が保たれている様に見える。中国の絹が八割を占め、日本の需要に応えて安い絹を供給してきた。

しかし、ここに来てそれが揺らいできている。ここ2~3年前から「絹が上がります」の声が聞こえてきている。中国の絹が上がってきているのである。

中国の絹の生産量は頭打ちになってきてはいるが、世界の7~⒏割を生産していることに変わりはない。生産量の不足による値上がりではなく、中国国内事情による値上がりが起きている。

一つには、中国における人件費の高騰である。

中国に進出した工場の従業員の人件費高騰の為、工場を日本に移す(戻す)と言ったニュースも聞かれる。今回入手した資料によると、1997年と比較して2012年の年平均賃金は、国有企業で7.24倍、集団企業で7.48倍、その他の企業で5.1倍である。2012年から今年2018年までは更に高騰しているだろう。賃金の高騰が絹の価格を押し上げている。

もう一つは中国国内における需要の多様化である。

改革開放の初期には外貨を稼ぐためにせっせと海外に絹を輸出していた。輸出するために絹を生産していたのだろう。しかし、今日輸出先も多様化してインド、ルーマニア、ベトナム、イタリア、韓国など中国にとっては売り先に困らない、いわば売り手市場になってきている。

そして、中国国内では生活の向上と共に国内での絹の需要が増えているらしい。白生地屋さんの話だと、中国の生産者は生糸の生産から真綿の生産に切り替えていると言う。中国国内での真綿の需要が増えたために、生糸で日本に輸出するよりも国内に真綿で販売する方が利があると言う事らしい。そのおかげで、今年の生糸の価格は昨年の1.3倍になっている。

輸入品の値上がりは生糸に限らない。

珈琲が値上がりしている。現地の人達も高級品を飲むようになったのが背景にある。お香が値上がりしている。現地の人が高価な香木を消費するようになったのが背景にある。

日本はこれまで消費国としてそれらの原材料を生産国から輸入していたが、これからは同じ消費国目線での取引を余儀なくされる。

世界の生糸の主導権を握った中国が日本に対して、これまでのような安定供給を続けるかどうかは分からない。

かつて中国が政策的にレアメタルの輸出を絞り、一時日本の半導体業界を震撼させたことがあった。その時日本をはじめ世界の技術先進国では、技術力で他の素材への代替利用を進め乗り越え、かえって中国が打撃を被った。しかし、生糸の場合はそうはいかないだろう。化学繊維が絹糸に取って代わることはないだろうから。

生糸の将来を、あれこれ考えても結局珈琲や香木と同じように、なるようにしかならないのだろう。しかし、それにつけても最高の品質を誇る日本の絹が、経済原則に押しつぶされ消えてしまうのはやるせないと思うのは私だけだろうか。

Ⅶ-22 絹の動向(その4)

今回入手した資料によれば、2003年に比べた2014年の縮緬類(生糸を原料とする呉服の素材)の生産数量は16.5%、即ち83.5%の減少である。それに対して同じ年の比較で、中国からの生糸の輸入量は28.8%(71.2%減)、ブラジル産は15.5%(84.5%減)である。国内で生産される生糸は2003年には4,800俵あったものが2014年には僅か400俵、8.3%(91.7%減)である。

日本の絹の需要が減る以上に日本の生糸の生産は減少し、その穴埋めに中国、ブラジルの生糸が入ってきている。そして、特に中国の生糸の割合が増えているのが分かる。

中国産の生糸とブラジル産の生糸の輸入量は、2008年には2.64対1であったのが、2013年には、6.31対1になっている。数量から言えば、中国は横ばい、ブラジルが減少している。

ここで疑問に思えるのは、中国やブラジルの生糸が果たして日本の生糸に取って代わることができるのかと言うことである。高品質の日本の生糸で織られた縮緬が、中国やブラジル産で織った場合どうなるのか。

実は、正直言って直感できるほどの差は感じないかもしれない。既に相当数の海外の生糸、と言うよりもほとんどの縮緬が海外の生糸で織られている。生糸は海外であっても、製織、精錬を日本で行えば生地に「日本」の文字が押印されるので見た目には区別がつかない。知らず知らずのうちに海外の生糸は呉服地の多くを占めるようになっている。日本の絹が何時海外の絹に取って代わったのかは分からないまま海外の絹は国内に入り込んでいる。

それでも、純日本製、即ち製繭、製糸、製織、精錬全てを国内で行った反物を触れてみると、サラサラとしたその感覚の違いに驚かされる。純国産の白生地をお客様に触ってもらうと、その違いに驚いていた。呉服業界自体が国産の縮緬の感覚を忘れ海外の生糸に慣らされていると言う事だろう。

しかし、今更「日本の絹を」と叫んでみてもどうにもならない。日本の養蚕農家の数は1994年には19,040軒あったものが、2014年には僅か393軒である。パーセンテージにすれば2%である。

今更国内で増産を叫んでもたかが知れている。そして価格的にはとても太刀打ちできない製品を増産して売れるかどうかも分からない。そう考えれば、国産品は超高級品として標本の如く存続させ、汎用の絹は全て海外品と言う事になって行くのだろう。

しかし、これから先がまた問題である。海外からの絹はこの先安定して日本に供給されるのだろうか。

ブラジルの繭、生糸の生産量は1993年1994年をピークとして減少している。それに合わせたように日本への輸出も減っている。中国は2007年をピークとして繭、生糸共に減少しているが、世界の生産量の70~80%を占めている。中国が世界のシルク生産センターと言っても過言出来ない。

それでは中国の生糸は日本に今後とも安定供給されるのだろうか

つづく