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Ⅶ-40 着物の処分・古着(その4)

ご存知の通り、着物は超高額の商品もあるが、普段着として安価な商品もある。今は余り着られなくなったが、綿やウールの着物。安い紬地など昔は普段着として着られたものである。親から譲られた着物の中には、そう言った普段着の着物がある一方で、嫁入りの為に親が娘の幸せを祈って仕立てた高価な紋付や訪問着、大島紬や結城紬もタンスに眠っている。

それらの着物を譲られた人の多くがその違いが分からずに処分・売却しようとしている。その為に私の処へ相談にいらっしゃる人が多いのだけれども、果たしてそれらは区別して業者に引き取られているのだろうか。

前述したように、古着を買い取ってそれを店に並べて売って商売するのはそう簡単な事ではない。余程安く仕入れ(買取ら)なくては商売にならないのだろう。

普段着のウールの着物などは、買い取る側からすればほんの二束三文の値段は避けられない。しかし、玄人の目で見てはっきりと価値が分かる着物も二束三文と言う事はないのだろうか。

私は着物を処分売却する立場、着物を買い取る立場どちらかに加担するつもりはさらさらなく、売りに出される着物の立場を考えるとやるせない気持ちになるのである。

古着として処分される着物は買った価格から比べれば二束三文になるのは避けられない。しかし、売却する立場、買い取る立場双方が売却される(買い取られる)着物を尊重してほしいと思うのである。

着物には、それを織った人染めた人の心が込められており、それを買って仕立てた人、また仕立てた職人の心も宿っている。それらの心を十分に理解した着物の処分であって欲しいと思う。

着物を処分する方法は様々あるけれども、自分が処分しようとしている着物がどのような着物なのかをまず理解していただきたい。着物の事がよく分からない方には難しいかもしれないけれども、着物に詳しい人や近くの呉服屋さんで一度見てもらえばよいと思う。

自分が持っている着物がどのような着物なのかを理解すれば処分の方法も変わってくるだろうから。また、長年箪笥の中に眠っていた着物に対する礼儀だとも思えるのである。

Ⅶ-40 着物の処分・古着(その3)

我々呉服屋がお客様に着物を売る場合、お客様の目的と好みに合わせて商品をお目に掛ける。成人式であれば振袖を。結婚式であればそれに相応しい晴れ着を。おしゃれ着であれば財布と相談して相応しい紬を、と言ったように。

しかし、着物を譲る場合、その着物が譲られる人が必ずしも欲している着物とは限らない。いやむしろそうでない場合がほとんどであると思った方が良い。振袖を欲しがっている人に振袖を、と言うのは確率から言って非常に少ないだろう。

親族であれば、「とりあえず貰っておいて」と言う事もあるかもしれないが、全くの他人に有償無償で譲るとなると、好みと需要とが一致すると言うのは殆どないと考えた方が良いかもしれない。
それでも、「邪魔になるので幾らででも処分してしまいたい」と言う人もいる。

着物に限らず中古品の買取は行われている。着物に限って言えば、ここ十数年前から古着の市場が盛んである。古着を専門とする全国チェーンもいくつかある。そして、それらの店の商品を集めるために積極的に古着を買い集めている。

そういう店では古着を買い取ってくれる。しかし、実際に買い取ってもらった人の話では極安価な価格での引き取りである。私は古着の商売はしていないが、古着を安くしか買い取らない事情は理解できる。

買い取った古着が全て売れるわけではない。売れるのは一部で、大半の残った古着は裁断して端切れとして売るらしい。そうすると、押しなべて買い取る古着は極安価でなければ採算は取れないだろう。

私も古着店を覗いたことがある。「よくもこれだけ集めた」と思えるほど商品が並んでいる。中には、本場大島紬や加賀友禅などもある。それらは古着の中でも別格扱いにされていた。

仕立上がった本場大島紬にまだ仕付け糸が付いたものもあった。店の人が作為的に仕付け糸を付けた訳ではないだろうが、9マルキの本場大島紬が誰かの為に仕立てられ、袖を通される事無く古着屋に並んでいるとすると、呉服屋としては複雑な気持ちになってしまう。

大島紬に限らず、「娘の為に」と仕立てた着物が、時代が変わり着物を着なくなった現代、袖も通されずに古着屋に並んでいるのに何故か哀れを感じるのは古い人間だろうか。

感傷はさて置いて、着物を処分したい人がそのようなルートで処分・売却するとしたらどうなのだろう。極安価な価格(いわば二束三文)で引き取られるのを承知で売却しているが、問題はないのだろうか。

買い取るお店によっても違うかもしれないし、私は本当の実態を知らない。しかし、呉服を扱う者として少々気になることがある。

つづく

Ⅶ-40 着物の処分・古着(その2)

着物は直線裁ちを基本として、寸法を採るのに生地を縫い込み、また内揚げをして仕立て替えを可能にしている。洋服には、仕立替えをして他人が着るという事は想定されていない。

予め仕立替えを前提に着物のデザインがなされたのか、着物のデザイン故に仕立替えが可能なのかは分からないが、伝統的に着物は仕立替えをして着られてきた。

そういう意味から言って、着物の処分の相談に来られる方には呉服屋として「誰か身内で着る人がいたら着てもらうのが良い」と言う言葉が出てしまう。自分が着ないのであれば誰か身内で着る方に仕立て替えて着てもらうのが着物にとって最も幸せだろうと思う。

しかし、昨今の事情を鑑みるに、他人の着物を仕立て替えて着たいと言う需要は非常に少ない。着物にとっては残念ではあるが、現実にはなかなか難しい。

そうなると、着物を処分したい人にとって選択肢は➁➂➃のいずれかとなる。いずれにしても着物を手放す、他人に渡す場合基本的に着物について知っておかなくてはならない。

着物を売り払う場合いくらで売れるのか、着物を処分したい人にとっては興味のある事と思う。中には高額な着物もあり、相応の価格で売却できると思う人もいるかもしれない。

着物に限らず物の売り買いと言うのは、売る人がいて買う人がいる。双方の価格が一致する時売買が成立する。これが商品売買の基本である。

金や(上場)株の場合取引は比較的簡単である。相場は決まっていて、売る人はいくらで売れるかが分かる。大量に売り出せば相場に影響するかもしれないが、通常の売買では売りに出せばその時の相場で売買は成立する。

着物の場合はどうだろうか。着物の価格と言えば呉服店の店頭で値札が付けられている。その価格で買えばすぐに売買は成立する。しかし、呉服の小売価格に関しては以前から延々と解説してきたけれども相場と言うものはない。安い店頭価格と展示会等の価格では五倍以上差がある場合もある。

着物を買う人は感じていないかもしれないが、買い手(お客様)は売り手(呉服屋)が提示する価格に納得して買うのである。時には値引きをして買う場合もある。最終的には、その価格でその商品を買うのが妥当と判断してお客様は着物を買う。そう言うと「着物の価値は分からないから呉服屋さんが一方的に価格を決めて・・・。」と言う反論を頂戴するかもしれない。

しかし、物の売買は基本的にはそういうもので、売り手買い手双方が責任をもって成立したものである。残念ながら現在の呉服の世界では、「接待」や「勧誘」、「作家物」や「落款」と言った付加価値で目を曇らせられているケースも多い。着物を購入する時はあらゆる雑音を排し、自分がその金額で着たい着物なのかを判断するのが大切であると以前より書いてきた。

そのような目で判断した場合、自分が持っている着物を他人に譲る時、譲られる人(買う人)が「いくらであればその着物を着たいのか」が問題となる。買う人の判断には、もといくらで買った着物かは問題ではない。単純にその着物を着て見たいか否かが買う値段を決める事になる。

加えて、古い着物(中古品)、汚れがある等のマイナス点も考慮する事だろう。

つづく

Ⅶ-40 着物の処分・古着

最近、着物の処分に関する相談が増えてきた。「処分」と言うのは、必ずしも捨てる事ではなく、親や知人から譲られた大量の着物についての相談です。

先日、高校時代の同級生から電話があり、
「お前呉服屋だったな。親父の着物見てくれないか。俺はさっぱり分からないから。」
そう言って、風呂敷に二包みの着物を持ってきた。

このような場合、相談の内容には、次のようないくつかのパターンがある。

➀ 自分が(あるいは娘が)着たいと思うけれども、果たして着れるものかどうか。着られるとしたらどのような加工が必要でいくらぐらい加工代がかかるのか。

➁ 自分は着物を着ないので売り払いたい。売るとしたらどうすればよいのか、そしていくらぐらいで売れるのか。

➂ どうしようもないので捨ててしまいたい。しかし、価値が分からないので、高価な着物があるかどうか見てもらいたい。そうでない物はタダで良いから引き取ってもらいたい。

➃ 着物の事は全く分からないのでどうしたら良いか教えて欲しい。
大まかに言えばそのような相談である。

その同級生の場合は概ね➂のパターンだった。

聞けば、父親の着物を処分したいと言う。私は呉服屋として、できるだけ着物を大切に伝えてもらいたいと思っている。相談にいらっしゃる方には、「誰か身内で着る人がいたら着てもらうのが良い」と言う立場でお応えしている。

「なんだ、自分で着ればいいじゃないか。」

その友人にそう言うと、
「俺は着物を着ないし、俺の分は俺の分で親父が仕立ててくれた着物があるんだ。」

そして、
「処分したいので、誰か着る人がいたら着てもらって。」
と言う訳で、誰か貰って着てくれる人を探すことになった。

持ってきた着物は、黒紋付と袴一式、大島紬アンサンブル一式、紬アンサンブル一式、ウールの着物等だった。黒紋付は、今では手に入らない様な立派な塩瀬羽二重地だった。仕立替えしても値打ちがある生地だったが、紋付の場合紋が入っているので他の人はそのままでは着られない。黒の紋入れ替えは難しいので貼り紋になってしまう。

差し当たって黒紋付を着る人と言えば、謡曲家か弓道家である。お客様に弓道家がいらっしゃるので着る人を探してもらう事にした。

他の着物は、知り合いの演劇集団に声を掛けたら直ぐに飛んできた。時代劇の演劇集団なので着物はいくらでも欲しいと言う。

何とか着物の嫁入り先を見つける事ができた。

さて、このケースは➂に該当するが、何時でもすぐに嫁入り先が見つかる訳ではない。一般的なご相談にはどのように対処したらよいのか、改めて考えさせられた。

つづく

Ⅶ-39 続「KIMONO」騒動(その6)

日本でもパスタが広く食されている。元々はイタリア、地中海で創られた食材、食文化が世界中に広がっている。そして、日本では「和風パスタ」など日本独自のパスタメニューが考案されている。イタリア人が見れば、始めて見るものも多いだろう。

「ラーメン」は元々「中華そば」と呼ばれ、中華料理の一つの様に思えるが、日本人が長い時を経て今日の「ラーメン」を創り上げている。

「中国へ行ったらラーメンを食べなきゃ」
と言った人が、
「日本のラーメンとは似ても似つかないものを食べてきた」
と言う話を聞いたことがある。今、中国からの観光客が日本のラーメンを食べて来ると言う。中国に進出するラーメン屋も相次ぎ、また日本のラーメン屋をパクった店も現地で繁盛していると聞く。

食文化に限らず、ある国の文化が海外に紹介され受け入れられれば、自然とその国に同化して行くものである。「和風パスタ」は日本人の口に合うし、「ラーメン」は日本の物として認識され始めている。海外で進化した「SUSHI」は、日本人には奇異に見えても、現地の人には美味しいのだろう。

問題を「着物」に戻してみよう。

「着物」は日本の文化であり、海外にも知られるようになり、その美しさは評価されている。日本を訪れる外国人は「KIMONO」をレンタルし名所をそぞろ歩く。

外国人は、自国の文化を通して「着物」を見て評価する。それは必ずしも日本の伝統的な着物とは一致しない場合もある。

以前、男性の欧米人が浴衣を仕立てに着たことがあった。男性用の浴衣の反物を見せて、どれがいいかと尋ねた。しかし、その男性は目の前の反物が気に入らず、女性ものの反物を手にした。
「それは女性用で、男性用はこちらです。」
そう説明したが、結局気に入らずに帰ってしまった。彼の感覚では、浴衣はアロハシャツの感覚なのかもしれない。日本では男性が赤い浴衣を着る事はないが、欧米では年配の紳士が赤いネクタイやセーターを着るのはごく自然である。

「着物文化を世界に広める」事と「日本の伝統文化を世界に紹介する」と言う二つの事象は異なるものと思わなければならない。

キム・カーダシアンさんの「KIMONO」もその辺のボタンの掛け違いから生じたものとも言える。ただし、キム・カーダシアンさん場合、商標登録しようとしたことで問題が大きくなった。キム・カーダシアンさんが本当に「日本の伝統文化である着物」を理解していたならばそうはならなかったかもしれない。しかし、掛かる所業は「着物文化が世界に広まった」証左と言えるかもしれない。

この問題を検索していたら次のような意見があった。
『「KIMINO」の命名に日本人が不快を感じるならば、「ジンギスカン鍋」と言う名称は良くない。』
確かにその通りかもしれない。モンゴルの人達は、自分達の英雄の名前を焼肉の名称にされているのをどう思っているのかは分からない。しかし、やはり他国の文化や名称などを取り入れようとするならば、一定の配慮が必要だろう。

今後とも世界は益々小さくなり文化的な交流も活発になるだろう。着物の世界で言えば、日本の伝統文化である着物をより正確に海外に発信していく事が大切ではないだろうか。それが現地の人にどのように受け止められるか分からないが、少なくとも在りもしない日本文化を吹聴する事は避けたい。

 

Ⅶ-39 続「KIMONO」騒動(その5)

日本の食文化の中で世界にその名を馳せるものとして「寿司」がある。「寿司」は「SUSHI」として世界に通用する。今や世界中どこの国に行っても(と言えるほど)「SUSHI」は食されている。

昔、私が子供の頃、「寿司」は中々食べられなかった。今程裕福ではなかったこともあるが、冷蔵技術の発達も寿司の普及に貢献しているのだろう。

その頃、外国人は「寿司」を食べない物と思っていた。実際そうだったろうと思う。「生の魚を食べる」と言う風習は日本以外にあまりない。イタリア料理でカルパッチョと言う生魚を使った料理にお目に掛かるけれども、カルパッチョと言うのは牛の生肉を使ったもので、生魚を使ったのは日本人のシェフが始めたと言う話を聞いたことがある。

中国料理では、魚であれ野菜であれ生では食べず、必ず火を通すと言う。西洋料理で言うところの「サラダ」は中国料理には元々存在しない。

そんな中国でも今や「寿司」は人気である。今までマグロの刺身のおいしさを知らなかった中国人にマグロの刺身や寿司の味を覚えさせてしまったばかりに日本の市場に出回るマグロが減ってしまったのを嘆かずにはいられないが、それだけ日本の「寿司」が世界中に認められたと言う事だろう。

日本を訪れる外国人の多くは「寿司」を食して行く。以前、西洋人のグループが店にやって来て寿司屋がどこにあるのか教えて欲しいと言う。しかし、私は外国人に寿司屋を紹介するのに答えに窮してしまう。

果たしてその外国人は、安い回転ずしを紹介してほしいのか、それとも老舗の職人が握る寿司を食べたがっているのかが分からない。下手に高級店を紹介すれば、ぼられたと勘違いして国際関係にひびが入るかもしれない。反対に日本の最高級の寿司を食べに来たのに機械で握る安い回転ずしを紹介したのでは、これまた国際関係に問題を起こしてしまう、などと考えると答えに窮してしまうのである。

これだけ「SUSHI」が世界中に広まると、日本人としては誇らしく思う。世界中に寿司屋が出来て、寿司職人になりたい外国人が沢山来日していると言う。「SUSHI」は「JUDO」と共に世界に広く認められている日本の文化である。

先日、回転寿司チェーンの「くら寿司」がニューヨークのナスダック市場に株式を上場したと言うニュースがあった。既に寿司は日本を飛び出して世界の「SUSHI」になっている。

しかし、海外の寿司屋で食べた人の話を聞いてみると、また違った問題が見えてくる。

海外の寿司屋では、日本ではお目に掛からない寿司が供されていると言う。

カリフォルニアロールと言う巻き寿司が随分前に話題になり、現在日本でも供する寿司屋もあるらしい。かにかまやアボカドにマヨネーズや白胡麻を使った巻きずしである。海外発の巻き寿司として一頃話題になり、日本の寿司屋でも供されていると聞いたことがある。

カリフォルニアロールは、日本の寿司の延長と言う気もするが、最近は「これがお寿司?」と思われるような「SUSHI」が見受けられる。フルーツを握ったり巻いたりした寿司。何をネタに使っているのか分からないけれども色鮮やかな寿司等。それらはそれまでの日本の寿司とはかけ離れたもので、日本の寿司屋では今後とも出されないと思える寿司である。

他国の料理を自分たちが取り入れてオリジナルの料理を創る、と言うのは珍しい事ではないし、悪い事ではない。

つづく

Ⅶ-39 続「KIMONO」騒動(その4)

日本に限らず自国の文化を海外に紹介し広める事にはどのような意味があるのだろう。また、どのような結果をもたらすのだろうか。

日本の文化である「着物」をはじめ、「茶道」や「華道」、「柔道」や「剣道」など、また「寿司」や「天ぷら」などの料理が世界中でもてはやされていると言うニュースを聞くと、我々日本人は何故か嬉しい、誇らしい気持ちになる。自国の文化が世界中の人達に受け入れられたと言う自尊心をくすぐるのかもしれない。

しかし、私はそれらの文化が世界中に浸透すればする程、一抹の寂しさと不安がこみあげてくる。
世界の「柔道」のシーンを見てどう思われるだろうか。私は柔道の専門家ではない。専門家どころか、中学の柔道部員と対戦しても簡単に一本取られてしまうだろう。しかし、そんな私の目から見てもテレビで見る世界の柔道は果たして柔道なのかと疑問を抱いてしまう。

私が柔道を肌で感じたのは、中学高校の体育の授業である。柔道の授業は何故か寒い時期に行う。素肌に柔道着を着て寒さに堪えながらも次第に汗が出てくる。とは言え、冷たいスタイロ畳に擦られる裸足の辛さは今も覚えている。

授業では乱取りが行われ対戦する。お互いに袖と衿を掴んで、先生の「始め!」の合図で技を掛けあう。技を掛けようとする力と掛けさせまいとする力がぶつかり合い、次第にエキサイトして行く。場外に出れば、また中央で組み合った。

しかし、オリンピックで見られる現代の「JUDO」はお互い組み合わない。まるでプロレスの様ににらみ合って相手に袖や襟を掴ませまいとしている。そして、相手の僅かなミスを誘って「YUKO」や「SHIDO」を採れば、後は体よく逃げ回って時間を稼ぐ(ように私には見える)。

柔道は正々堂々と技を掛けあい一本採るもの、と習った私には、これが柔道なのかプロレスなのか、はてまた他の格闘技なのか分からない。

柔道着も大分以前からカラー柔道着が取り入れられている。競技者を識別するうえで有用なのかも知れないが、私は違和感を覚える。元々柔道の色と言えば白と黒である。白の柔道着に白帯と黒帯。柔道は体力だけでなく精神的な鍛練も包含する意味で白と黒の無彩色の世界は相応しいと理解していた私にとってカラー柔道着はいただけない。

何故柔道は変わってしまったのだろうか。現代の「JUDO」は既に日本人の手を離れてしまっている。

国際大会を仕切る国際柔道連盟の会長はルーマニア出身のマリウス・ビゼール氏。名誉会長はロシアのプーチン大統領である。国際化した組織には世界中から人選されるのは当たり前だけれども、本来の日本の柔道とは形式的にも精神的にも次第に離れている様に思えるのは私だけだろうか。

つづく

Ⅶ-39 続「KIMONO」騒動(その3)

外国人にとって日本の文化の象徴的なものに、「Kimono」「Geisha」「Fugiyama」「Tenpura」「Soba」等がある。これらは、まだ日本が現代の様に世界中に知れ渡る一昔前の事かもしれない。最近はもっと様々な日本の文化が海外に紹介されているようである。

来日する外国人の数はうなぎのぼりである。2003年には500万人足らずであった訪日客数は今年3000万人を超えようとしている。訪日客が増えた要因は、観光庁の政策にもよるけれども、何よりも世界中が豊かに成り多くの人が海外旅行を楽しめるようになったからだろう。確実に世界は狭くなり、人や文化の交流は盛んになっている。

今、日本の観光地は外国人であふれている。京都や東京、大阪はもちろん、余り日本人が通わない様な観光地にまで外国人は足を延ばしている。来日した外国人が、
「ああ、日本は良かった。また来てみたい。」
そう思ってくれれば、政府の観光政策は上手くいったと言える。しかし私は、外国人がいったい日本をどのように感じて行ったのかが気になる。果たして本当の日本の姿をどのくらい感じて理解してもらえたのかである。

来日した外国人が良く集まるところ、空港や浅草などには外国人向けの土産が並んでいる。そこには日本の文化を極端に誇張した、と言うよりも歪曲した物を見る事がある。

「KIMONO」と言うPOPの下に並んでいるのは、光沢のある化繊の生地で作られたバスローブのような衣装に、「芸者」や「富士山」「龍」などの絵が毒々しく描いてある。日本人にはとても「着物」には見えない、日本人は着ない物が「KIMONO」として売られている。

「芸者」は外国人に人気があるらしく「KIMONO」の他にも「芸者」を題材にした商品が並んでいる。風呂敷や扇子からTシャツまで。しかし、そこに描かれている「GEISHA」は「芸者」ではなく「花魁」である。「芸者」と「花魁」は全く違う。生業とする物も違えば、相手にする客も違う職業である。にもかかわらず「花魁」を「GEISHA」として商品が店頭に並び、外国人に売られている。本当の芸者さんはそれを見て、さぞ苦々しく思っているだろう。

日本の土産物は日本人が創っている。製造は中国や海外かもしれないが、企画制作は日本人である。何故このように日本人がわざわざ外国に日本の文化を曲げて紹介しなければならないのだろう。そして、それがどういう結果をもたらすのかをもっと真剣に考えなければならない。

キム・カーダシアンさんは日本の「着物」をどのように理解していたのだろうか。正しく理解していなかったとすれば、ひょっとしてその責任の一端は日本人にあるような気もする。

外国人に日本の着物を紹介するのであれば、着物の伝統を正しく伝えなければならないと私は思っている。

海外で日本を紹介するイベントで着物を用いる事が多い。美しい着物姿を海外の人の目に触れてもらい、その良さを知ってもらおうと言う訳である。しかし、そう言った場で往々にして見られるのは、年配者の振袖姿であったり、晴の場での浴衣姿であったりする。

60歳も過ぎた女性が振袖姿で登場する。その振袖の美しさに皆拍手を送る、と言った場面があるが、外国人は振袖がどのような着物なのか、つまりTPOを知らない。「振袖は御年寄が着る着物」と思うだろう。

現地で開かれたパーティーで皆ドレスを着ている中、浴衣を着て参加すれば、「浴衣はフォーマル着」と誤解されかねない。

そう言った誤解が「着物」に限らず日本文化への誤解を生み、トラブルの原因になりかねないと思うのである。

つづく

Ⅶ-39 続「KIMONO」騒動(その2)

前述の如く、「KIMONO」と言う言葉は世界の多くの人達に認知されている。しかし、多くの人と言っても、それは全員ではなく、世界中全体から見れば少数の人達だろう。

そして、その理解度と言えば、とても日本人とは比べ物にならない。外国人でも「着物」の良さを十分に理解している人達がいる事は間違いないが、視覚的に「KIMONOはきれいだ」と思っている人、「KIMONOは日本の衣装だ」と知識で覚えている人などが多数派である。

日本人が「世界中の人達が日本の着物を理解し、着物は世界中で一番美しい衣装の一つだと思っている。」と思い込んでいるとしたら、それは日本人の片思いと言わざるを得ない。

パリコレクションやミラノコレクションの情報は瞬時に日本に伝わる。そして、それを評論する人も着て見たいと思う人も日本には沢山いる。現代の日本人は洋装が主体となっているのでそれは当然の事と受け止められる。しかし、その裏返しが日本の着物では決してない。

世界中のあらゆる国の文化は相互に伝えあっている現代だが、その伝搬の密度はそれぞれである。名前だけが伝わる。形骸が伝わる。神髄が伝わる等伝わり方はバラバラである。

洋服の文化は、日本にはほぼ神髄が伝わっていると言ってよい。それは世界に冠たるデザイナーが日本からも生まれていることからも分かる。数から言って少数かもしれないが世界のレベルで評価されるデザイナーを生み出すことは洋服の文化を十分に理解しなければできない事である。

そういう意味では、日本の着物は世界にまだほんの形骸を紹介しているに過ぎない。この度の「KIMONO」騒動はそのような状況で起こった出来事と解さなければならない。キム・カーダシアンさんは果たしてどれだけ「着物」を理解していただろうか。

着物を着ない日本人程度であっても着物を理解し「あれほど素晴らしい日本の文化である着物の名称を自分の下着ブランド名に使いたい」と思ったのだろうか。そうであれば「KIMONO」のブランド名は用いなかっただろう。

「日本の着物ってきれいだと聞くじゃない。それにKIMとKIMONOは音通になるから私のブランド名にぴったりだわ。」と言う簡単な気持で命名したのではないかと思う。

その動機は非難されるべきものではないかもしれないが、結果的に文化の伝搬の未熟さが生んだ結末と言える。

日本の着物が海外に紹介され称賛されることは、着物を扱う者としてとてもうれしい事である。しかし、私は着物に限らず日本の文化が海外に紹介され広まることに何か一抹の不安を感じていた。これについては以前にも何度か書いてきたけれども、日本の文化が果たして正しく伝わり、海外の人達が正しく受け止めてくれるのだろうかと言う疑問である。

つづく

Ⅶ-39 続「KIMONO」騒動

キム・カーダシアンさんの下着ブランド「KIMONO」は、名称が変更されると言う。正式に新しいブランド名が発表されていないので、どのように決着がつくかはまだ分からない。

「KIMONO」の商標登録云々の法的な事について私は良く分からないが、何故このような問題が起こるのかを考えて見よう。

まず事実関係を見て見ると、

➀日本には「着物」と言う衣装があり、それは日本独自の衣装として発達し、他の衣装とは区別して「着物」と言う名称で呼ばれてきた。

➁日本が諸外国と触れ合うようになると、外国人は日本の衣装である「着物」を「KIMONO」と称するようになった。それが何時からかは分からないが、文明開化が起きた明治時代には「KIMONO」と呼ばれていたかもしれない。ただし当時、日本の文化に接する事ができる外国人は極少数だっただろう。

➂更に時代が下ると、国同士の交流が活発になる。交通や通信の発達がそれに拍車を掛け、世界の必要な情報は居ながらにして手に入るようになった。日本では昭和30年代の高度経済成長期から加速度的に進んだ。

➃而して日本の情報は世界中に伝わるようになり、日本の衣装である「着物」も「KIMONO」として世界中から認知されるようになった。

このようにして「着物」は「KIMONO」として世界に伝わったのだけれども、上記の過程はあくまでも日本人の目を通した過程である。日本人は「KIMONO」と言う言葉が世界中に正しく認知されていると思っているかもしれないが、諸外国では「着物」をどう受け止めているのだろう。

世界が狭くなり、昔に比べれば文化の交流が遥かに活発になったのは確かである。日本の文物が世界中に伝わり、世界中の文物が日本に溢れかえっている。あたかも世界は一つになってしまったかのように錯覚するけれども現実はそうではない。

「着物」をはじめとして日本の文化は世界のどれだけの人達にどれだけ理解されているだろうか。最近着物を着ない日本人も増えたけれども、日本人の着物に対する理解は十分と言っても良い。着物が着れない人でも、着物の詳しい事を知らない人でも日本人は着物に対してそれ相応の意識を持っている。

日本人で「着物」または「KIMONO」の商標登録をしようとする人はいるだろうか。(私はそれが認められるものかどうかは知らない。)法的に認められるとしても日本の社会では「それをやっては・・・」と言う抑止力が働き現実にはできないだろう。それは「着物」と言う存在が日本人の誰しもが認めているからである。

さて、外国人の目に「着物」はどう映っているのだろう。

つづく