Ⅶ-39 続「KIMONO」騒動(その6)

日本でもパスタが広く食されている。元々はイタリア、地中海で創られた食材、食文化が世界中に広がっている。そして、日本では「和風パスタ」など日本独自のパスタメニューが考案されている。イタリア人が見れば、始めて見るものも多いだろう。

「ラーメン」は元々「中華そば」と呼ばれ、中華料理の一つの様に思えるが、日本人が長い時を経て今日の「ラーメン」を創り上げている。

「中国へ行ったらラーメンを食べなきゃ」
と言った人が、
「日本のラーメンとは似ても似つかないものを食べてきた」
と言う話を聞いたことがある。今、中国からの観光客が日本のラーメンを食べて来ると言う。中国に進出するラーメン屋も相次ぎ、また日本のラーメン屋をパクった店も現地で繁盛していると聞く。

食文化に限らず、ある国の文化が海外に紹介され受け入れられれば、自然とその国に同化して行くものである。「和風パスタ」は日本人の口に合うし、「ラーメン」は日本の物として認識され始めている。海外で進化した「SUSHI」は、日本人には奇異に見えても、現地の人には美味しいのだろう。

問題を「着物」に戻してみよう。

「着物」は日本の文化であり、海外にも知られるようになり、その美しさは評価されている。日本を訪れる外国人は「KIMONO」をレンタルし名所をそぞろ歩く。

外国人は、自国の文化を通して「着物」を見て評価する。それは必ずしも日本の伝統的な着物とは一致しない場合もある。

以前、男性の欧米人が浴衣を仕立てに着たことがあった。男性用の浴衣の反物を見せて、どれがいいかと尋ねた。しかし、その男性は目の前の反物が気に入らず、女性ものの反物を手にした。
「それは女性用で、男性用はこちらです。」
そう説明したが、結局気に入らずに帰ってしまった。彼の感覚では、浴衣はアロハシャツの感覚なのかもしれない。日本では男性が赤い浴衣を着る事はないが、欧米では年配の紳士が赤いネクタイやセーターを着るのはごく自然である。

「着物文化を世界に広める」事と「日本の伝統文化を世界に紹介する」と言う二つの事象は異なるものと思わなければならない。

キム・カーダシアンさんの「KIMONO」もその辺のボタンの掛け違いから生じたものとも言える。ただし、キム・カーダシアンさん場合、商標登録しようとしたことで問題が大きくなった。キム・カーダシアンさんが本当に「日本の伝統文化である着物」を理解していたならばそうはならなかったかもしれない。しかし、掛かる所業は「着物文化が世界に広まった」証左と言えるかもしれない。

この問題を検索していたら次のような意見があった。
『「KIMINO」の命名に日本人が不快を感じるならば、「ジンギスカン鍋」と言う名称は良くない。』
確かにその通りかもしれない。モンゴルの人達は、自分達の英雄の名前を焼肉の名称にされているのをどう思っているのかは分からない。しかし、やはり他国の文化や名称などを取り入れようとするならば、一定の配慮が必要だろう。

今後とも世界は益々小さくなり文化的な交流も活発になるだろう。着物の世界で言えば、日本の伝統文化である着物をより正確に海外に発信していく事が大切ではないだろうか。それが現地の人にどのように受け止められるか分からないが、少なくとも在りもしない日本文化を吹聴する事は避けたい。

 

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