Ⅶ-39 続「KIMONO」騒動(その3)

外国人にとって日本の文化の象徴的なものに、「Kimono」「Geisha」「Fugiyama」「Tenpura」「Soba」等がある。これらは、まだ日本が現代の様に世界中に知れ渡る一昔前の事かもしれない。最近はもっと様々な日本の文化が海外に紹介されているようである。

来日する外国人の数はうなぎのぼりである。2003年には500万人足らずであった訪日客数は今年3000万人を超えようとしている。訪日客が増えた要因は、観光庁の政策にもよるけれども、何よりも世界中が豊かに成り多くの人が海外旅行を楽しめるようになったからだろう。確実に世界は狭くなり、人や文化の交流は盛んになっている。

今、日本の観光地は外国人であふれている。京都や東京、大阪はもちろん、余り日本人が通わない様な観光地にまで外国人は足を延ばしている。来日した外国人が、
「ああ、日本は良かった。また来てみたい。」
そう思ってくれれば、政府の観光政策は上手くいったと言える。しかし私は、外国人がいったい日本をどのように感じて行ったのかが気になる。果たして本当の日本の姿をどのくらい感じて理解してもらえたのかである。

来日した外国人が良く集まるところ、空港や浅草などには外国人向けの土産が並んでいる。そこには日本の文化を極端に誇張した、と言うよりも歪曲した物を見る事がある。

「KIMONO」と言うPOPの下に並んでいるのは、光沢のある化繊の生地で作られたバスローブのような衣装に、「芸者」や「富士山」「龍」などの絵が毒々しく描いてある。日本人にはとても「着物」には見えない、日本人は着ない物が「KIMONO」として売られている。

「芸者」は外国人に人気があるらしく「KIMONO」の他にも「芸者」を題材にした商品が並んでいる。風呂敷や扇子からTシャツまで。しかし、そこに描かれている「GEISHA」は「芸者」ではなく「花魁」である。「芸者」と「花魁」は全く違う。生業とする物も違えば、相手にする客も違う職業である。にもかかわらず「花魁」を「GEISHA」として商品が店頭に並び、外国人に売られている。本当の芸者さんはそれを見て、さぞ苦々しく思っているだろう。

日本の土産物は日本人が創っている。製造は中国や海外かもしれないが、企画制作は日本人である。何故このように日本人がわざわざ外国に日本の文化を曲げて紹介しなければならないのだろう。そして、それがどういう結果をもたらすのかをもっと真剣に考えなければならない。

キム・カーダシアンさんは日本の「着物」をどのように理解していたのだろうか。正しく理解していなかったとすれば、ひょっとしてその責任の一端は日本人にあるような気もする。

外国人に日本の着物を紹介するのであれば、着物の伝統を正しく伝えなければならないと私は思っている。

海外で日本を紹介するイベントで着物を用いる事が多い。美しい着物姿を海外の人の目に触れてもらい、その良さを知ってもらおうと言う訳である。しかし、そう言った場で往々にして見られるのは、年配者の振袖姿であったり、晴の場での浴衣姿であったりする。

60歳も過ぎた女性が振袖姿で登場する。その振袖の美しさに皆拍手を送る、と言った場面があるが、外国人は振袖がどのような着物なのか、つまりTPOを知らない。「振袖は御年寄が着る着物」と思うだろう。

現地で開かれたパーティーで皆ドレスを着ている中、浴衣を着て参加すれば、「浴衣はフォーマル着」と誤解されかねない。

そう言った誤解が「着物」に限らず日本文化への誤解を生み、トラブルの原因になりかねないと思うのである。

つづく

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