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Ⅶ-38 「KIMONO」騒動

今「KIMONO」の話題がマスコミを騒がせている。キム・カーダシアンさんの下着ブランドの話題である。

キム・カーダシアンさんが創った「KIMONO」と言う矯正下着のブランド名が問題になっている。私は、キム・カーダシアンと言う名前も聞いたことはなかったし、矯正下着にも何の興味もなかった。

記事の題名を見た時には、「どこかのマイナーなデザイナーが着物の名を借りて何か商品を出している。」としか思わなかった。しかし、私の知識、認識不足だった。

キム・カーダシアンは世界的なデザイナーで、「KIMONO」を商標登録しようとしている。マイナーなブランドが気まぐれで「KIMONO」の名を使用するのとは訳が違っていた。私は、話題が大きくなりようやく事情が分かってきた。

矯正下着に日本の「着物」の名を冠したことに対して多くの批判が寄せられている。日本の着物と矯正下着が何の関係があるのか。日本人が大切にしてきた日本人の衣装の総称である「着物」を堂々と矯正下着のブランド名としたのである。

命名した本人、キム・カーダシアンさんはどのような気持で命名したのか。詳しい事は分からないが、多くの批判を受けながらもブランド名を変更する気はないと言う。それ程深い感慨はなかったのかもしれない。

一度商標登録が成立すれば他の業者は「KIMONO」と言う名称を使えなくなる可能性がある。事の重大性については、「きつけ教室すなお」のすなおさんが下記のYouTubeで詳しく訴えています。是非ご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=quk2dJreib0

また、下記のページで詳しく書いています。ページからChange.orgでの抗議の署名もできます。(私もしました。)

https://kimonoshake.jp/archives/4432

実際に商標登録は認められるのか、またその影響は?と言うと私は法律には詳しくなく、ましてアメリカでどう扱われるのかは分からない。

「KIMONO(着物)」と言う名称が商標登録できるのであれば、「自動車」「寿司」「酒」と言う言葉も商標登録できるのだろうか。はてまた「令和」と言う商標登録をアメリカでできるのだろうか。

元号が「令和」と決まった時、中国では「令和〇〇」と言う「令和」の名を冠した商標登録が激増したと言う話が有った。他の国や民族の大切にしている文化を金もうけの為のツールとして用いるのは許されることではないと思う。

しかし、現実にはそれがまかり通り、阻止できないでいるのが現状である。この事件は業界として余りにも大きな問題でどのような結果になるか見守ると共に微力ながら解決に努力したいと思う。

Ⅶ-37 またまた呉服業界の危機(羽二重がなくなる)その4

黒紋付の羽二重地に限らず姿を消しつつある織物や染物も出てきている。昭和60年の資料を紐解くと、当時既に消えそうな染織が多くあった。

秋田県秋田市 秋田八丈   企業数 1  従業員数 6
秋田県鹿角市 茜染・紫紺染 企業数 1  従業員数 3
栃木県益子町 益子草木染  企業数 1  従業員数 5
千葉県佐倉市 下総染    企業数 1  従業員数 1
千葉県館山市 唐桟織    企業数 1  従業員数 4
島根県安来町 安来織    企業数 1  従業員数 2
岡山県岡山市 烏城織    企業数 1  従業員数 2
熊本県熊本市 肥後絣    企業数 1  従業員数 3

いずれもその当時はまだ市場で(問屋で)耳にする事もあったけれども、30年経った今はほとんど聞かなくなった。まだ織っているとしても極少量かもしれない。伝統的な織物や染物が姿を消すのは呉服屋としてとても残念である。

しかし、ここに並べた織物や染物が姿を消すことは大変残念ではあるけれども、他の織物、染物で取って代われない訳ではない。秋田八丈がなければ本場黄八丈を、益子草木染が手に入らなければ他の草木染を、と言うように。

しかし、黒紋付の羽二重地が無くなってしまえばとりあえず取って代われる生地はない。「羽二重の男の黒紋付」と言うアイテムが着物から削除されてしまうのである。

帯地の塩瀬羽二重地もなくなれば「塩瀬の染帯」と言うアイテムはなくなってしまう。デュークエイセスの「女一人」と言う歌の歌詞に「結城に塩瀬の素描の帯が・・・」と言うのがあるが、この歌詞の「塩瀬の素描の帯」と言う帯はこの世に存在しなくなる。いや、手に入らなくなるのである。

帯や着物はまだ良いかもしれないが、私が心配しているのは着物を仕立てる時に必要な付属品が無くなる事である。

例えば男物の絽の半襟。問屋にはまだあるけれども、何時かなくなるのではないか心配でならない。男物の絽の半襟は年間どのくらいの需要があるだろうか。私の店では年間数枚である。色数も多いので、年間一枚も売れない色もある。

生産者は年間どの位作っているのだろう。仮に一社の独占であったとしても、その一社さえも採算を割ってしまう可能性も大いにあると思える。

このように、着物地や帯地に限らず付属品や小物が需要の減少により突然姿を消すことになれば呉服業界が一瞬にして崩壊することに繋がりかねない、と言うのは心配のしすぎだろうか。

羽二重地が完全になくなれば、おそらく女性の石持地のように縮緬を使う事になるかもしれない。
女性の喪服も昔は羽二重地だった。しかし、いつの間にか縮緬地に取って代わっている。男の紋付地も将来は同じように縮緬地か他の生地に取って代わられるのだろう。

それでも羽二重地の紋付が無くなるのはとても寂しく思う。張りのある羽二重の紋付を着た男性の姿は、縮緬の紋付では取って代わる事のできない凛々しさが感じられるのだが。

羽二重地は未だ流通在庫があるようです。

「紋付を誂えようと思っている男性の皆さん。今ならば間に合うかもしれません。お早めのご注文お待ちしております。」(笑い)←笑い事ではないのだけれど。

Ⅶ-37 またまた呉服業界の危機(羽二重がなくなる)その3

呉服の市場はここ三十年間確実に縮小してきた。市場の縮小と共に呉服の生産も縮小している。業界が縮小した場合、我々小売屋はどのように対応すればよいのか。

業界の縮小と共に小売屋は淘汰され店を閉める者もいる。そうして縮小したなりの均衡した市場になる・・・とすれば、そう大きな問題でもないかもしれない。

消費者や市場が小売屋を取捨選択し、いわゆる「見えざる神の手」によって呉服業界は縮小安定するかもしれない。しかし、それでは済まず、呉服業界が一瞬にして崩壊するかもしれないリスクを含んでいる。

呉服の生産が縮小すれば生産現場では、白生地、染呉服、帯地、その他呉服に関するあらゆるアイテムの商品の生産が減少する。あらゆるアイテムの商品が均等に減少するのであれば均衡縮小となるかもしれない。しかし、呉服業界の縮小は限界点に近づき、特定のアイテムが消滅する危機に陥っている。

例えば、あるアイテムが元々10万反製造されていたとする。需要の減少に伴い5万反になるとどうなるのか。メーカーでは売上の激減で続けられないメーカーも出てくる。市場に淘汰されながらメーカーの数が減り、残ったメーカーは継続して生産する。

更に需要が減少し1万反になった時、更にメーカーは淘汰されたったの2~3社しか生き残れなくなるかもしれない。そして、3,000反に減少した時、1社しか残れない、それも何とか生産を続けている、と言う状態に陥る。あるアイテムを生産するメーカーが1社になった時、最後まで残った独占メーカーと言う輝かしい称号が得られるかもしれないが、その実そのメーカーは大変な苦労を強いられる。

そのような状況は既に呉服業界では現出している。生産反数が往時の1/100などと言う事があるのか、と思われるかもしれないが、次のようなデータがある。

本場奄美大島紬の生産反数は昭和47年に297,628反。平成30年には3,862反である。55年で1.3%にまで減少している。実に98.7%の減少である。また、丹後ちりめんは昭和48年に919万反だったが、平成26年には40万反と約4%にまで減少している。

さて、話を戻すと1社で3,000反生産していた物が更に減り1,000反、500反となったらどうなるだろう。如何に独占企業と言えども生産に要する固定経費すらも賄えない状態となる。

羽二重が無くなる原因はそのようかと思う。市場が縮小しようともまだ相当数の需要(複数のメーカーが生き残られる程度の)があれば生産は続けられるが、男物の紋付地の市場は極めて小さい。1社ですら持ちこたえられなくなったのだろう。

このような状況が進めば、我々小売屋はどのように対処したらよいのだろうか。
「男の黒紋付を」とやってくるお客様に、「黒紋付はありません。黒紋付の生地は、この世から消えました」とは言えない。

つづく

Ⅶ-37 またまた呉服業界の危機(羽二重がなくなる)その2

羽二重地は昔から福井や福島、新潟で織られてきた。福井は主産地で、今でも胴裏地の多くを織っている。新潟の五泉市は塩瀬羽二重や紋付地の羽二重地を織っていた。次第に福井では胴裏が中心となり、紋付地は五泉市が主産地となっていた。

数年前、染帯に使う塩瀬羽二重地がなくなると言う話を聞いた。しかし、今でも塩瀬の染帯は見かけるので未だ織られているのだろう。ただし、塩瀬ではなく光沢のある縮緬地を使った染帯も見かけるようになった。

どちらにしても染帯に使う塩瀬羽二重地が消滅に向かっている感はあった。そんな矢先「紋付地がなくなる」と言う話である。

羽二重の紋付地を織っているのは、五泉市の一軒だけだったらしい。その織屋さんが織るのをやめると言うのである。

唯の一軒が生産するのは独占である。需要が少なくなったと言えども、全国の需要を一軒で独占するのであればやっていけない事もないと思うのだが、呉服業界はそれ程厳しいらしい。

羽二重地というのはとても難しい生地である。難しい、と言うのは、まず織るのが難しい。縮緬の様にシボがなく光沢がある為に難が出やすい。不純物が混入したり、織りに難が生ずると素人目にもすぐに分かる。

それに染めるのが難しい。黒紋付の場合は目立たないが、色紋付に染めると染ムラが出やすい。羽二重地の無地染めは、染屋さんに嫌がられてしまう。

今回、羽二重地が無くなると言う話を聞いて、
「在庫はまだあるのですか。」
と聞いた。すると答えは、
「今はありますけど、必ずあるとは限らないので安受けしないでください。特に色物はクレームフリーだそうです。」

つまり、現在手持ちの在庫が切れればおしまい。色紋付は染めるけれども染難がでても染替える生地もないので引き取ってもらえるのならば染めます、と言う事だった。

染難については、昨今の状況を見るに、型染の僅かな誤差も染難と見る風潮も否定できない中で、染屋は大変やりづらいだろうと思う。

それにしても、果たして本当に紋付地の羽二重は消えてしまうのだろうか

つづく

Ⅶ-37 またまた呉服業界の危機(羽二重がなくなる)

ブログを書き続けていて、読者には良い話、着物を着るのに希望が持てるような話をしたいと考えている。しかし、残念ながら避けては通れない様な暗い話ばかりが聞こえてくる。現在の呉服業界の問題提起として受け止めていただきたい。

先日、白生地屋さんがやって来て座る早々にこう切り出した。
「社長、羽二重がなくなります。」

呉服用語は複雑で使い方が曖昧なので、この言葉は何を意味するのか、「羽二重」とは何なのか詳しく説明しなければならない。

着物の生地には大きく分けて三種類ある。「縮緬」「羽二重」「紬」である。もちろん細かく分ければまだまだ種類はある。

「縮緬」は蚕から採った糸に強い撚りを掛けて白生地を織る。精錬した時に撚りが戻って表面にはシボと呼ばれる凹凸ができる。

「羽二重」は糸に撚りを掛けないで織った白生地である。撚りを掛けない為に表面は「縮緬」と違ってすべすべして光沢がある。よく使われるのは胴裏地である。真っ白なすべすべした胴裏は着物を着る人ならばすぐに分かると思う。

縮緬の友禅を袷で仕立てれば、表地の「縮緬」と裏地の「羽二重」の区別がよく分かる。他にも「羽二重」が用いられるものがある。染帯に使われる「塩瀬」と呼ばれる生地が羽二重地である。正確に言えば「塩瀬羽二重」と言う。

比べていただければわかるけれども、胴裏に使われる「羽二重地」と「塩瀬羽二重」はまるで違う。何が違うのかと言えば、その厚さである。「塩瀬羽二重」は帯に使われるので厚みがありしっかりとしている。糸の太さの差異によって生地の厚さが異なり、風合いがまるで違ってくる。それでもどちらも「羽二重」であることには変わらない。

「羽二重」の他の用途と言えば男性用の黒紋付である。結婚式の時に新郎が着る黒い紋付の生地である。結婚式では着ないけれども、女性の黒紋付(喪服)も以前は「羽二重地」だった。何時の頃からか「縮緬」が使われるようになり、今はほぼ全て「縮緬地」である。男性の黒紋付に使われる「羽二重地」は、胴裏地よりも厚地で「塩瀬羽二重」ほど固くはない。厚地のものでもとてもしなやかである。日本の着物地は長い時を経て用途に合った生地を生み出してきたと思う。

さて、その白生地屋さんが言った「羽二重」とは、この黒紋付用の「羽二重地」の事である。
業界で胴裏のことは「胴裏」と言い、「羽二重」と言う事は少ない。「塩瀬羽二重」は「塩瀬」と言い、「羽二重」とは言わない。業界内で交わされる「羽二重」と言う言葉の多くはこの黒紋付地を差して言っている。

その白生地屋さんが言う「羽二重」とは、この黒紋付地である「羽二重地」がなくなると言う話である。

つづく