Ⅶ-36 単衣の着物は何時から着るべきか(その3)

「単衣の着物は何時から着るべきか」、その答えとして私は自分に次のように言い聞かせている。

・衣服本来の機能は体温を保持する事である。それに逆らうのは自然な姿とは言えない。

・従って普段着に関してはその時々の気候に合わせて着物を選ぶことは何も差し支えない。「暑い日には単衣を、寒い日は袷を」と言うように。

・しかし、日本には季節感を大切にする伝統があり、それは日本の精神文化においても決して無視できない大切にすべきものである。

・晴の場においてはその伝統にのっとって着物を選ばなければならない。

・そうすると、暑いのに袷を着なくてはならない場合が生じる。これが、「単衣の着物は何時から着るべきか」の疑問に通じている。

・晴の場で暑い日に袷を着なくてはならない場合。その時は、「体温を保持する」と言う目的に則した方法はいくつもある。
「胴抜き仕立てにする」「晒の半襦袢を着る」「麻襦袢に塩瀬の半襟を付ける」等々

・普段着で袷の時期に単衣を着る場合は、できるだけ袷のような色柄(寒々としない)の単衣を着る。帯も同じである。

以上が、私が袷の時期に単衣を着る時の心得である。

さて、ここで大事なのは、私の心得が全国どこでも全て通用するとは限らないことである。私が思っていることは私の自己満足である。自分で自分を否定しているようだけれども、着物のマナー(特にTPO)のトラブルはここから起こっている。

即ち、全国統一で守るべき着物のマナーは唯一である、と言う考え方が混乱を招いている。「五月は袷を着なければならない。単衣を着てはならない。」と思っている人は相当にいるように思われる。「こんなに暑いのに黙って袷を着ている自分は着物の伝統を正しく守っている。」と言う事だろう。

五月に袷を着るのは、しきたり通りでありそれで間違いはない。しかし、広い?日本には色々な人がいるし色々な生活風習がある。晴の場で着物を着る事はなく、茶道にも縁がなく、ただ着物が好きなので普段着物を着ている人もいるだろう。その人が袷の時期に単衣を着ていても誰も何をいう事でもない。

逆に、お茶や習い事をしている人達にとって守るべきは師匠の教えである。どんなに暑かろうと師匠が袷を着ると言ったら袷を着なくてはならない。

そう言った色々な人たちに「単衣の着物は何時から着るべきか」を問うのは回答のない問題を提示するようなものである。

袷の時期に袷を着た人と単衣を着た人が出会ったとしたら、

「いやー、今年は格別暑いですね、私はたまらず単衣を着てしまいました。」

「あら、涼しそうで良いですね。私はこれからお茶会に行くので袷を着ていますが、実は中の襦袢は麻を着ているんです。」

「ああ、それなら涼しいでしょう。」

「それにしてもステキな単衣の着物ですね。」

「いや、あなたこそきちんと袷の着物を着て、とても素敵ですよ。良いお茶会になるといいですね。」

そんな会話ができない物だろうか。

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