Ⅶ-34 日本文化はどこへ行く・弐(その4)

元々成人式で振り袖を着るのは慣例化された物ではなかった。純粋に成人式で厳かに着物を着たいという人達が振り袖を着ていたが、次第にそれが全国に広まって、半ば義務化されたようになった。

呉服業界にとって成人式での振り袖着用は千載一遇の商機である。このようにして振袖商戦が始まり次第にエスカレートしていった。

着物を商う呉服屋が成人式の振袖を商うことは悪いことではない。むしろ成人式で振袖を着たいという人達に進んで振袖を提供し、またその歴史や意味を啓蒙すべき立場にある。

しかしながら、振袖商戦を見るに付け、成人式は呉服屋が利益を得るためだけの手段として呉服業界が利用しているようにしか思えない。

昨年は「はれのひ」事件があった。これは完全に犯罪であるが、同じような商法は茶飯事に行われている。このような「商売の逸脱」とも言える行為は別にしても、振袖の商法は、成人の人達に寄り添っているとは思えない事が度々である。

もしも、小学生の卒業式での袴姿が一般的に認知され、広く行われるようになったとしたら、再び振袖のような商戦が繰り返されるのではと心配になる。

小学校の卒業式で皆が袴を履くようになったならば、私も呉服屋として是非袴や着物を買っていただきたいと思う。しかし、過度な販促や奇を衒った商品開発などが行われないように願いたい。

一番に尊重しなければならないのは着物を着る本人、すなわち卒業する子供たちが押し付けられるのではなく、自ら袴姿で卒業式を迎えたいと言う気持ちである。「袴姿でなければならない」「皆が袴を履くから」と言う理由であってはならない。

そして、それを見守る人たちも本当に祝福する気持ちで接していただきたいと思う。

日本人が心から日本の文化を理解し愛し、それを我が子にまた後世に伝えたいと言う心があれば、それを大切に受け止め、自然な形で着物を着る事ができるように願っている。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です