Ⅶ-34 日本文化はどこへ行く・弐(その3)

結局、どちらにも一理あり、どちらかが一方的に正しいと言う結論は出しがたい。しかし、私は日本の文化を守りたいという立場から話を進めたいと思う。

先日、テレビで八丈島の小学校の卒業式で女生徒が黄八丈に袴姿で出席した姿が放映されていた。(残念ながら私は見ていない。女房に聞いた話である。)卒業する女性とは三名だけだったが、皆島の特産品である黄八丈を着て袴を履いていた。

視聴者は、この光景にどのような感慨を持ったことだろうか。

日本の伝統、地元の特産品に誇りを持って卒業式に臨む姿は誰も否定する物ではなかっただろうと思う。子供の気持ちもさることながら、衣装を用意してくれた親御さん達の気持ちも伝わってくる。

本場黄八丈と言えば、安価な織物ではない。金銭的な事には余り触れたくはないが、一式揃えるのに苦労されたかもしれない。しかし、そこには親御さんの子供に対する思い、また期待も感じられるのである。

卒業式に参列していた在校生達はどう思っただろうか。言わずとそれは伝わってくる。
さて、反対派の側から見てみよう。

もしも、3人のうち1人が経済的に困難で、黄八丈の衣装を用意できなかったとしよう。果たしてその時どうなっただろう。

結論的に想像すれば、私は決して「1人だけ洋服で」とはならなかっただろうと思う。その方法論は割愛するが、黄八丈を誇りに思う八丈島の人達がそれを見過ごすはずはないと思うからである。

「卒業する女生徒が3人という小さな卒業式だから」と言う見方もできるかもしれないが、これが自分たちの文化を誇りとする人達の縮図であると言える。自分達の文化に誇りを持つという姿勢があれば、小学生の袴論争も、もっと違った角度からなされるのではないだろうか。

さて、問題はここで終わらない。

卒業式を迎える小学生の親御さん達が、もしも全員(一人残らず)八丈島の人達と同じような気持ちで子供に日本の文化として着物と袴を揃えてやりたいと思ったとしても、更に別の問題が起きてくる。

問題を起こすのは、当事者であり消費者である親御さん達ではなく、呉服業界である。

全国の親御さん達が、子供に袴を履かせたいと思い、そしてそれが慣例化された時に一体何が起こるのか。昨今の呉服業界の所業を見れば容易に想像される。

尤も卑近な例は振袖である。振袖が成人式の制服?として認知されてから振袖がどのように扱われているだろうか。

つづく

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です