月別アーカイブ: 2019年3月

Ⅶ-34 日本文化はどこへ行く・弐(その2)

まず、賛成派の意見である。集約すれば、
「子どもの着物姿はかわいい。何故、日本の伝統である着物を着てはいけないのか。」
その通りである。着物に限らず、明治維新以来、日本の文化は隅に追いやられてきた感がある。

昔、小中学校の音楽の授業で邦楽を教える事は殆どなかった。音楽の教科書の最後のページに越天楽や筝曲が申し訳程度に載っていたが、レコードで一度聞かせられるくらいで、それ以上突っ込んで先生が邦楽を教える事はなかった。(先生自体が邦楽には疎かったのだろう。)

着物を着ようとしない、あるいは着たことがないのは、そのように日本文化が隅に追いやられ、自分だけ着るのはおかしい、着たことがないので着れない、となってしまったのだろう。

私は、息子の小中学校の卒業式には紋付袴で出席した。役員をしていたので、生徒の間を通って雛段に付いた。すると男子生徒から細やかなどよめきが上がった。最初、「だせいなー」「なんだありゃ」と言う嘲笑かと思ったが、よく聞いてみると、「かっこいい」「ステキ―」と言う声だった。息子は余程恥ずかしかったと思う。

高校の卒業式では担当した先生方全員に着物を着てもらった。着物が好きな校長先生だったので、話は進んで担当した男性教員全員紋付袴姿となった。その時も大変好評だった。日本の文化を愛でる気持ちは、若い人の中にも十分に受け継がれている。

日本の文化を否定する理由は見当たらない。

では、反対意見はどうだろう。

「転倒の危険」や「着崩れ」「トイレのトラブル」と言った事は、着物を着たことがない故のトラブルであり、日本文化を隅に追いやったが為の結果である。いずれも避けて通れない問題かもしれないが、小学校でナイフを禁止したがために、鉛筆をナイフで削れる子供がいなくなったのと同じ弊害が起きている。

「服装が華美になり高額化する」と言う意見も非常に強い。そして「経済的に困難な人が可哀そうだから」と言う意見も強い。これはどうしたものだろう。

私が京都にいた時分(30年以上前のことになるが)、問屋の出張員として呉服屋を周っていたところ、あるお店で次のような事を言われた。
「この辺では振袖は売れませんから。」
持ってきた振袖を見せようとしたが、そう言って断られた。

よく聞くと、その町では成人式の振袖は禁止されていた。理由はやはり「振袖を着られない人が可哀そうだから」と言う理由だった。言われてみれば一理あるが、私は、「そんな理由で振袖が禁止されるなんて・・・」と思っていた。

では、洋服ならば何でもよいのか。ブランド物の子供服の中には、安い着物を越える価格の物もあるだろう。しかし、洋服においては、おそらく振袖のような論理は通じないだろう。日本文化が特殊なものとして認識されてしまっているのだから。

ここまで書くと、私は「日本の文化、日本の着物を偏見なく捉え、正しく認識してもらいたい」の一言である。しかし、だからと言って「小学生の袴姿に手放しで賛成」とは言えないのがこの問題の複雑さである。

つづく

Ⅶ-34 日本文化はどこへ行く・弐

最近、着物の業界紙に「小学生の袴」が話題になっていると言う記事があった。小学生が袴姿で卒業式に出るのが流行っているらしい。「らしい」と言うのは、山形では未だ見かけない。いや、私は小学生と縁が薄くなったので見かけないだけなのかもしれない。

そう思ってWEBで検索してみると、なるほど話題になっていた。そして、それらのサイトでは賛否両論が渦巻いていた。

小学生が着物に袴を履いて卒業式に出る様を想像すると、女学生のミニチュア版の様に思える。山形でも大学の卒業式のシーズンを迎えると街で袴姿の若い女性が見受けられる。

明治以降、女学生たちは着物に袴を履く人が多かった。どれだけいたのかは分からない。案外名門の女学校に通う富裕な女学生だけだったかもしれないが、その姿そのシーンはテレビドラマや映画にも登場する。日本人にとってごく普通の場面に思える。

小学生の袴姿と言うと今迄は余り見かけなかった。これからそういう姿が見られるようになるのかな、とも思うけれども、その是非について賛否両論、議論が巻き起こっているようだ。

もし私に、小学生の袴について賛否を問われたならば、私は「わかりません」としか答えられない。着物を生業とする者の責任を放棄するわけではなくて、その背景を整理していかなければ誤解が生じるからである。

賛成、反対の意見を見て見よう。

まず賛成の意見としては、
「日本の伝統文化に触れられる機会である」
「子どもの時に着物を着る機会が増える。」
「服装は自由である。」等

反対の理由としては、
「華美な姿は相応しくない。」
「服装の高額化。」
「履きなれない衣装は、転倒などの危険がある。」
「着崩れの対応ができない。」
「トイレでのトラブルがある。」等

どちらも一理ある。一理あるだけに議論が始まれば結論には到達しそうにない。では、一つ一つ検証してみよう。

つづく

Ⅶ-33 日本文化はどこへ行く(その4)

日本人が日本の文化に興味を持たず大切にしない一方で、外国からいらっしゃる方の中には、進んで日本文化に触れようとする動きもある。

インバウンドと騒がれる昨今、日本を訪れる外国人がよくテレビに映るようになった。私が最も驚いたのは、箸を使う外国人が増えたことである。

昔、私が子供の頃は、「外国人(西洋人)は箸が使えないんだよ。」と聞かされていた。日本人は何気なく箸を使っているが、考えて見れば箸を使うのは難しい。箸を持ったことのない人に箸を使えと言っても、フォークの様にしか使ないだろう。

「日本人は器用だから箸を使うんだ。」とも聞かされ、日本人は器用で西洋人は不器用だ、などと言われもない優越感を持ったりしたものだが、テレビに映る外国人の中には器用に箸を使う人も多い。そば屋、ラーメン屋、マイナーな居酒屋を訪れる外国人は実に起用に箸を使う。

全ての外国人が箸を使う訳ではないが、日本の文化に興味のある人たちは、相当に練習を積んだかもしれない。日本の文化に触れ、日本の文化を理解したくて箸を使うのだろう。

蕎麦やラーメンを食べる時にフォークで、と言うのではやはり日本の生活シーンではない。居酒屋でお通しをつまむのには、やはり箸が似合う。日本に触れたいと思っている外国人が箸を使うのはそんなに処にあるのだろう。

私は仕入れの為、浅草に良く行くが、浅草寺、仲見世の辺りは外国人でいっぱいである。浴衣や着物を着ている外国人も多くなった。中には、「これが着物?」「こんな着方で」と思われる人もいるが、彼らが日本の文化に興味を持っているのは間違いない。

裏を返せば、日本人が西洋文化に目を向けるのと同じかもしれないが、自分の文化をまず大切にするのが他の文化を理解する第一歩である。「便利だ、楽だ」に流される前に、しっかりと日本の文化を見つめ、その上で目の前の問題、即ち「料亭で座れない人をどのように処遇するか」を考えるべきと思う。

これほど深い日本の文化を初めから否定する姿勢は日本文化の崩壊につながる。これは保守的な考え方からではなく、日本人としてもっと豊かな生活を送るのにつながると考えるからである。
外国から来た人達が称賛する日本の文化をもっと理解し大切にする必要があるのではないだろうか。

「このままでは日本文化はどこへ行くのだろう」と心配になってしまうのである。

Ⅶ-33 日本文化はどこへ行く(その3)

料亭に椅子テーブルが持ち込まれるようになったのは何時の頃からだろう。

原因の一つとしては、住宅に日本間が少なくなり、畳に座ると言う生活習慣が希薄になった事が考えられる。日本間のない住宅もある。そういう家で育った子供の中には正座ができない人もいる。出来たとしても長時間は耐えられない。そういう訳で、畳よりも椅子に座るのを好む人が多くなってきている。

また、怪我をしたり老化で足が悪く畳に座れなくなった人もいる。昔は、そう言った人はどうしたのだろうかと思うけれども、日本人の寿命が長くなっている事も関係しているかもしれない。

どちらも尤もな事で、正座のできない人に無理やり正座してもらう訳には行かない。そんな理由で料亭でも椅子テーブルを用意しているところが多くなった。

日本人が洋服を着用するようになり、書類は横書きで創られるようになり、邦楽が隅に追いやられ洋楽が主流になったのと同じように、これも日本が西洋化した証左であり、仕方がないのかと言う見方もできる。

西洋化の波が次第に日本に浸透してきたと言う事だろうか。

しかし、ここで考えなければならない事がある。日本人は日本の文化を捨て去ることを積極的に進めようとしているのだろうか。椅子テーブルにしても、洋服にしても、またコンピューターで文書を作成する際に横書きなので、と言う理由で文書を横書きにしたり、日本の文化は不便だ、煩わしいので西洋風に切り替えようと好んでやっているのだろうか。

料亭ではお客様の要望により、「年寄りが多いので椅子席ではできませんか。」と言うような要望を汲んで椅子テーブルが用意されるようになった。もちろんその裏には前述したような事情がある。

以前、料亭に椅子テーブルがなかった時代にも、正座できない座れない人には座椅子が用意されていた。低い座椅子は御膳にも問題なく使われていた。しかし、「椅子テーブルがあるのならば」と言う事から、椅子テーブルを利用する客が増えてきたようだ。

客の要望では仕方がないのだけれども、最近では料亭自身が椅子テーブルを前提にする姿勢が感じられる。給仕をする中居さんも椅子テーブルであれば座らずに給仕が出来て楽なのかもしれない。しかし果たして、それで失う物はないのだろうか。

最初に記したように、料亭は日本文化の縮図である。椅子テーブルに慣れたお客さんは「料亭はそんなもの」と思い、本当の日本文化に触れる事もなく洋食レストランと同じように感じてしまうのではないだろうか。

掛け軸や床飾りは必要なくなり、実に日本的な中居さんの立ち居振る舞いもなくなる。芸者さんや舞子さんの踊りも無視されて行くだろう。

つづく

Ⅶ-33 日本文化はどこへ行く(その2)

しかし、何時ごろからなのだろうか、最近料亭でもテーブル席の宴会が多くなった。料亭の座敷に、座敷用の椅子テーブルが並べられる。あたかも明治時代の宴会か、とも思わせられるが、私にとってはどうも居心地が悪い。

大きな宴会の時には、御膳を並べるのと同じように島型にテーブルが並べられる。しかし、本来お膳を並べる時には、客は背中を合わせるように座る。つまり向かいの客とは間を置き、そこは芸者さんや中居さんが通る。

座敷のマナーとしての基本は、酒を注ぐ時には、正面に座り相手の目を見て酒を勧める。客が主賓や他の客に酒を勧める時には、席を立ってその人の前に正座して酒を勧めるのが礼儀である。

中居さんが料理を出す時も同じである。料理を給仕しようとする客の前に座り、脇に置いたお盆からお膳に料理を出す。

しかし、テーブルを島型に並べる時は、客同士が向き合うように座る。向かいの客とは近く、手を延ばせば酒を注ぐ事ができ、周りの人とは話も近くなる。その為に、中居さんは、立ったまま客の脇から給仕する事になる。西洋では当たり前の事なのだが。

これは一見合理的に見えるけれども、日本の文化にはそぐわない、と言うよりも日本文化を打ち消してしまっている。

その最大の原因は、客の目線である。いや、目線と言うよりも目の高さである。

座敷に正座または胡坐をかいた時と椅子に座った時の目の高さは変わってくる。当然椅子の方が目の高さが高くなる。

日本の座敷は、全て目の高さが正座した時の高さを基準として造られている。

例えば、床の間。床の間の軸物や置物、花などをめでる視線は正座の視線である。正座した人が少しかがめば、床に置かれた香炉は直ぐ目の前で見る事ができる。軸物は上から下へ仰ぎ見る事になるが、落款は目の高さにある。

そして、広間に椅子テーブルが並べた場合、床の置物や花は見えず、軸物の上端しか見えない。日本の座敷は椅子を基準として造られてはいない。

実際に広間の椅子テーブルの宴会に出た場合、私にはとても居心地が悪い。

最初に芸者舞子が踊る。芸者舞子が踊り始めると多くの人が席を立ち始める。椅子テーブルの場合、多くの人から芸者舞子の踊りが見えないのである。見えるのは一番前に座った人達だけである。

芸者や舞子が踊る舞台は、客の座る座敷と同じ高さである。ホテルの場合はステージがあるので椅子に座っていても全員が見られるが、日本の座敷では事情が全く異なる。料亭の中にはステージを備えているところもあるが、ホテル程高くはないので、やはり低い目線を基準としている。

酒宴の座敷で皆立ち上がり踊りが見える場所に移動し始めるのは異常である。踊りが見られたとしても、とても踊りは堪能できない。

芸者や舞子は着物を着ている。当たり前だけれども、着物はやはり上前の妻柄がメインである。座敷に座った目線は、芸者や舞子の訪問着、振袖の妻柄が目線にはちょうど良い高さとなる。そして、御膳の席であれば、誰一人席を立たずに踊りを堪能できるのである。

料亭は全てが日本の文化を基調として組み立てられている。そこに椅子テーブルを持ち込むことによってドミノ崩しの様に日本の文化の良さが失われるように思える。

つづく