Ⅶ-33 日本文化はどこへ行く

私は、日本の文化である着物い商いを生業としている。生業である以上、自分が扱う着物については正確な知識をお客様に伝える責任があると思っている。当然、着物を学び、着物や日本の歴史を学ぶことになる。言わば、先人たちが築き上げた日本の文化を正しく学び、お客様また後世の人達に伝えなければと思う。

日本の文化に限らず、数百年、数千年掛かって創られた文化と言うものはとても奥が深い。そして、その文化が今日あるのは、決して偶然ではなく、先人達の努力によって必然的に創られたものであることがよく分かる。

先人たちに目を向け、その努力や知恵に感心した目で180度現代を振り返ると、果たして同じ文化の延長線上にあるのかと首をかしげてしまう事がある。

着物においては、今までになかった様な着物、これまでの延長線上ではない様な着方がされているのは昨今の成人式を見れば分かると思う。

これらの様々な現象は、時代と共に変化する日本文化と捉える事もできるが、その目で再び180度伝統の着物を振り返るとやはり首をかしげたくなるのである。

日本文化は着物だけではない。他にも、果たして「日本文化はどこへ行ってしまうのか」と思われることがある。

山形は古い料亭が残っている。25万人程度の地方都市であるけれども、先頃まで大きな料亭が六軒あった。残念ながら最近二軒は閉じてしまったので今は四軒しかなくなってしまったが、いずれも歴史を感じさせてくれる立派な料亭である。

山形では、料亭で法事をしたり、忘年会にも使う。結婚式も行われる。他県の人を案内すると驚かれたりするのだが、山形で料亭は庶民が利用する特別な存在ではない。

料亭は日本文化の縮図とも言える。料理はもちろんの事、軸物や花等の調度品。女将や中居の振舞など全て日本の文化が生きている。着物屋の目線で言えば、女将や中居は着物である。着物で給仕する姿は真に日本文化の一コマである。

山形には芸者や舞子もいる。料理を食べながら酒を飲みながら芸者さんや舞子さんの踊りを見るのは日本ならではの文化である。

さて、その料亭に着物と同じような波が押し寄せている。

私は、料亭に出向くときは、日本の文化に浸りたいと思い、できるだけ着物を着て行く。着物を着てお膳を前に畳に座るのはとても落ち着く。西洋文化を否定するわけではなく、テーブルでフランス料理を食べるのとは全く違った趣である。もちろんテーブルでフランス料理を食べるのも、それはそれで西洋の文化に浸っているようで良いのであるが。

料亭で小部屋で行う小宴会の場合は、飯台を挟んで数名が座る。大きな宴会では、大広間にコの字型に席を設ける。もっと大きな宴会では島型に席を設ける。客は席に正座または胡坐をかいて座る。

つづく

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