Ⅶ-30 今年も成人式(その2)

さて、ここで山形市では別の問題が生じる。おそらく同じような問題は他の地方都市でも起こっていると思う。これは呉服業界の問題と言うよりも、私が手掛けるもう一つの事業である街づくりの問題である。

我々の時代は街中の体育館で式を行った。モータリゼーションも今ほどではなく、車で来る人もいたが、それ程交通渋滞も起こらなかったと思う。

しかし、今日モータリゼーションの発達により、車で来場する人が多く会場は郊外に造られた体育館となった。バスも通らないところなので、歩いて行くのは余程近くの人ばかり。ほとんどの人が否応なしに車で送ってもらう事となる。当日周辺は大渋滞。式に送れる人さえ出る始末である。

郊外の新しくて広い体育館で式を終え、帰りはまた車の手を借りなければならない。来るときほどではないだろうが、再び長い時間を掛けて自宅に戻る。

さて、このような一連の過程で、果たして新成人に振袖を堪能し、着物の良さを感じてもらえただろうか。

過程を要約すれば、DMに誘われて展示会で振袖を購入する。本当はもっと振袖や着物の事を理解し他の店も見て回って決めたかったかもしれない。

そして、写真屋さんで言われるままにポーズをとって前撮りをする。本当は、自分が好きな場所、思い出の場所であったり、自宅の庭など自分の人生の一里塚に相応しい場所で前撮りをしたかったかもしれない。

当日、朝早くからの着付けである。見知った美容院の着付師さんであれば、そこそこの感慨もあろうが、そう言った着付師さんがいない人は呉服屋指定の着付師に着せてもらう事になる。

振袖姿で親に車で送ってもらう。渋滞に巻き込まれてようやく式場に着く。式が終われば再び車で帰る。中には渋滞に巻き込まれまいと式が終われば一目散に帰る人もいるだろう。

本当は友達と久しぶりの時間を楽しみたいだろう。一緒にお茶を飲もうにも体育館の限られた施設しかない。そこそこに友人ともお別れとなる。

その後はどうなるか分からないが、自宅に戻り洋服に着替えて同窓会に臨むのかもしれない。

この一連の流れを見ると、本人がどれだけ振袖と自分の時間を楽しめたのか、私は疑問に思う。

成人式と前撮りをする僅かな時間の為に高価な振袖を早々、あるいは一年二年前に決め、まるでオートメーションの様に成人式が過ぎ振袖を脱いでしまう。愛着のある振袖を着て親戚を訪問したり、街を歩いたりすれば皆に祝福される機会もある。式の後街に繰り出しミニ同窓会をして同級の男性に振袖姿を褒められる。そう言った振袖を着る本来の意味が失われていないだろうか。

「成人式には振袖がつきものです」とばかり売り込む姿勢が昨年の「はれのひ」の事件にもつながっている。
「成人式の為だけの振袖」を離れて、売る方も着る方も振袖本来の意味を理解し、振袖に触れてもらいたいと思うのは私だけだろうか。

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