Ⅶ-27 着物の正しい認識(その4)

日本の着物は、決して昔から変わらない訳ではなく、時代と共に変ってきた。現代の着物と飛鳥時代や奈良時代の衣装とは似ても似つかない。しかし、その変遷は時代と共に徐々に途切れなく連続的である。昨日まで着ていた衣装が、今日から日本全国で全く違う衣装になることはなく、着ている人から見れば、何の違和感もなく変わってきたのである。

着物の形式やTPOが比較的短いサイクルで(洋服に比べればずっと長いけれども)変化している。それでは、果たしてこれからの着物は、どのように変わって行くのだろう。「これから」とは言わず、今目の前で起こっている着物の変化をどう受け止めればよいのだろう。

「女性は羽織を着なくなった」「男性が結婚式で白の紋付を着る」「女性が男性の古着を着る」「葬式で一般参列者は黒紋付を着なくなり、着て行けば親族と思われる」「浴衣に比翼をしたり、帯締めをする」等々、今の着物は昔と変わってきている。これを「着物文化の乱れ」と捉える向きもある。

私は、着物が変化してゆくのに必ずしも反対する、あるいは畏怖を覚える物ではないが、現代の着物の変化は、「着物文化の乱れ」と言う要素も多分に含んでいると思う。

改めて言うが、着物は千数百年の歴史を経て今日の形となっている。日本人が長い時を掛けて、試行錯誤しながらその時代の衣装を創ってきた。

着物に限らず、人類の歴史が創り上げてきた文化は人を感動させるものである。

衣装、建築、料理、音楽等、国や民族が違えば全く違うが、それぞれの民族が長い歴史の中で育んできたものは、他の国や民族の人にも感動を与える。

京都には沢山の外国人観光客が押し寄せている。何故それ程までに京都は世界中の人々を魅了するのだろうか。京都には、金閣寺や銀閣寺、清水寺、京都御所など名刹や名所が沢山ある。しかし、京都の本当の魅力はそればかりではない。

烏丸通りや四条通、河原町通から一歩出れば、そこには町屋が並んでいる。その一角には名もない小さな社があり古い地蔵さんが立っている。そして、地蔵様には真新しい頭巾と前掛けが着せられ、お供え物が供えてある。それは京都の人達が千年以上の時を掛けて育んできた風景である。

日本の文化や歴史を知らない外国人であっても、それは直ぐに日本の風景だと認識する。日本人が積み重ねてきた文化には、日本を知らない外国人も感じ入るのである。その反対の例もしかりである。

多くの日本人が世界中を旅しているが、欧米の歴史を知らない日本人でも、キリスト教の文化を良く知らない日本人でもバチカンのセントピーター寺院の前に立てば、その壮大さと奥深さに感動する。欧米の人達が育んできた歴史を感じるのである。

料理も同じである。京都の料理は「京料理」とも呼ばれている。平安時代には、ヒジキと油揚げが最高の御馳走だったと聞いたことがある。真偽のほどは分からないが、今よりは遥かに貧しい食生活だっただろう。しかし、その後千年の間に、京料理は、地道に素材や調理法を工夫してきた。

海が遠いにも関わらず、鰊を取り入れ「ニシン蕎麦」や「鱧料理」を京料理の名物にしている。京料理の職人たちは試行錯誤を繰り返しながら、それまでの料理を土台に京都の味を創り上げてきたのである。

つづく

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