Ⅶ-26 再々・・・度、着物のしきたりについて

着物のしきたりについては何度書いてきただろうか。読者には、「また同じ話題か」と呆れられるかもしれない。しかし、私はこの問題について何度書いても、何度言葉を替えても、未だにすっきりしない。

私の思っていることが読者に正確に伝わったのか。そして、私の知識不足が、かえって着物を着ようとする読者を混乱させているのではないかと言う思いが強くなってくる。

一つの事を説明しようとする場合、同じ方向から言葉を替えて説明しようとしても中々真実は伝わらない。例えば、茶筒の形を説明しようとした場合、「茶筒は丸い物だ」と言えば、真実を言っているが、読者に茶筒の本当の形は伝わらない。「横から見れば四角です」と言えば、少しは真実に近づけるように、着物のしきたりについてちょっと違った角度から書いてみようと思う。

中国の思想家に老子と言う人がいる。春秋戦国時代に活躍した諸子百家の一人で、荘子や列子とともに、道家と言う学派の思想家である。紀元前6世紀半ばに生まれたとされている。(はっきりとしたことは分からない。)儒家の孔子が生まれる少し前らしい。

その老子がたった一冊の書物を残している。「老子道徳経」と呼ばれる書物である。「道徳経」と言っても、お経の本でも宗教の本でもない。人の生き方を解いた哲学書である。

老子は、書物を残さず自分の思想を人に押し付ける事もなかった。世の乱れを嘆いて世を捨て、当時の中国の西の端である函谷関から西へ旅立とうとする。(一説ではローマに向かったとも言われている。)

その時、函谷関の関所の役人である尹喜と言う人物が老子に教えを書いてくれるように頼み、老子はそれに応じて「道徳経」を著した。もしも、尹喜が老子と出会わなければ、老子の哲学は今日に伝わらなかったかもしれない。

さて、「道徳経」は同じ道家の荘子が著した「荘子」と共に私の座右の書である。諸子百家と言えば、儒家の孔子の書いた「論語」が有名で、広く一般に知られ受け入れられているが、老子の思想は、現代人が忘れた、そして現代人には必要な思想である。

一般に、儒家と道家の思想は相反し、相容れないように語られることがあるが、決してそうではない。「論語」と「道徳経」には似たような教えもある。その「道徳経」に着物のしきたりを説くのに相応しい行がある。道徳経、第一章の冒頭の行である。

道可道、非常道、名可名、非常名、・・・・・故常無欲、
以観其妙、常有欲、以観其徼・・・・・

(道の道(い)う可きは、常の道に非ず。名の名づく可きは、常の名に非ず。・・・
故(まこと)に「常に欲なきもの、以て其の妙を観(み)、常に欲有るもの、以て
其の徼を観る。・・・・)

これを現代語訳にすれば、

「「道」が語りうるものであれば、それは不変の道ではない。「名」が名づけうるも
のであれば、それは不変の「名」ではない。・・・・まことに「永久に欲望から解
放されているもののみが『妙』(かくされた本質)を見る事ができ、決して欲望か
ら解放されない物は『徼』(その結果)だけしか見る事ができない」のだ。」

となるが、これでもまだよく分からない。

つづく

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