Ⅶ-25 振袖・成人式の行方(その3)

「成人式=振袖」「振袖=成人式」と言う意識は、それを販売する側が強いてきたように思える。受け入れる側は、着物に全く触れていない世代、着物に疎い世代である。「成人式=振袖」「振袖=成人式」の意識を販売する者に叩き込まれ、本来の振袖像は全く見えない状態に置かれてしまっているのではないだろうか。

レンタルの振袖が増えている。昔は(私が成人式を迎えた時代は)、レンタルの振袖は殆どなかったと思う。結婚式で着るような振袖はあったけれども、成人式用の振袖は聞いたことはなかった。あるいはあったのかもしれないが、極一部だっただろう。

親は娘に何度も振袖を着てもらうために仕立てていた。できれば孫(娘の娘)にも着てもらいたいという思いも込めていたかもしれない。

成人式で着られている振袖や紋付の中には、「これが振袖?」「これが紋付?」と思われるようなものがある。明らかに、「成人式以外では着れないだろう。」と思えるものもある。それらは、正に「成人式用衣装」である。愛着をもって何度も着て、子や孫に伝えたいという気になるのだろうか。

着物を着る人が少なくなり、若い人の振袖に対する関心も次第に薄れてきていた。そこで、業界がやるべきことは、まず日本の振袖のすばらしさを紹介し、振袖本来の意味を広める事ではなかったのか。

しかし、向かった方向は、如何にして振袖を売るか、如何にして振袖の売上を落とさないか、だった。そしてその先にあったのが成人式だった。

今、振袖を売る業界の人達が、成人年齢を引き下げる改正法に頭を悩ませている。成人式がなくなれば、あるいは成人式で振袖が不要になれば業界には影響がある。場合によっては、振袖の販売量が激減ということにもなろう。振袖の販売量が減ることは、染屋にも大きな影響があり、業界が疲弊する事を私も憂いている。しかし、そのような状況を創ってしまったのも業界であると言って過言ではない。

「たかが法律」に振り回されるような日本の文化であってはならないと思うのだが、もう遅いのだろうか。

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