Ⅶ-19 伝統・しきたりは守られるべきか

着物についての伝統やしきたりについては以前から触れてきた。しかし実は私はこの「伝統・しきたりは守られるべきか」と言う議論には巻き込まれたくないと思っている。決して責任を逃れたりノンポリを決め込むつもりはないのだけれども、この議論は果てしなく勝敗は決してつかないからである。

この議論が始まれば、「伝統は守られるべき」と言う肯定派と「伝統は時代と共に変わる」「昔の悪弊を引きずる必要はない」と言うような否定派が喧々諤々の論争を交わすことになる。しかし、どちらかが相手を論破して納得させると言うのはまず起こり得ない。どちらも自説を唱えるのみで、妥協点を見いだせる物でもない。結局、何の結論も見いだせずに、場合によっては敵愾心のみが醸成されてしまうのである。

着物に限らず伝統やしきたりを現代の世の中ではどう見たらよいのか、実に大切な問題ではあるけれども、巷ではそれぞれがそれぞれの解釈でコンセンサスは見出されていない。

今回、紙面をもってこの難問を考えて見ようと思うが、これは議論ではなく私の個人的な見解を一方的に書くものである。どのような批判が浴びせられるか分からないが、一方通行の一撃離脱ブログである。

この表題が思いついたのは、ニュースを賑わせた角界のさる事件だった。

ご存知のように、土俵で倒れた男性に心臓マッサージを施そうと女性が土俵に上がった際、「女性は土俵から降りてください」のアナウンスが流れた。詳細は書かずとも事の次第はご存知の事と思う。

「土俵に女性は登れない」と言う伝統と、「命を救おうと土俵に登った女性」の間に齟齬が生じニュースを賑わすこととなった。

結果から言えば、一刻を争う救命に立ち上がった勇気ある女性(看護師?)に対して「土俵に登るな」は的を得ていない、と言うのは衆目の一致する処だと思う。インターネットやSNSでも「女性は土俵から・・・。」への批判が多かった。批判の声が渦巻く中、八角理事長は謝罪の声明を出した。当然の対応だったが、あるいは「女性は土俵から・・・。」と咄嗟にアナウンスした本人も「まずい事を言ってしまった。」と思っているのではないだろうか。

しかし、問題はこれに留まらなかった。その後も女性の土俵への登壇の是非が問題視され、土俵の下で挨拶をした宝塚市長は登壇できない事への不満を挨拶の中でしたと言う。本人は「伝統は撤廃すべき派」なのだろう。もちろんその主張には一理も二理もある。相撲協会の不手際に乗じて一気に伝統の撤廃を主張する良い機会と捉えたのかもしれない。

私は再度申し上げるが、このよう議論には関わりたくない。宝塚市長の言を受けて相撲協会が白旗を掲げて伝統を完全に撤廃する事はないだろうし、もしもそうした場合、また多くの不満が反対派から噴出するだろう。決して決着は付かない問題だと思う。

さて、相撲の話になってしまったが、着物の世界では相撲の世界以上に伝統やしきたりが論ぜられる。両派の議論に関わりたくないと言って耳を塞いでただ黙っている訳には職業柄いかない。この問題はどのように捉えれば良いのだろう。

つづく

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