Ⅶ-17 着物難民(その3)

また、専門店でも若手の経営者は販売を重視するあまりに、若い客に対して様々な提案をしている。浴衣を着物の様に着る着方であったり、男性の襦袢に赤い半襟を付けるなど、今までになかった着物の着方である。それは、新しい着物の着方の提案として必ずしも悪いことではない。

しかし、十分に着物の伝統、今迄の着物の着方を熟知したうえでの提案であればよいが、それらはないがしろにされている。

呉服業界の人口が減少しているとは言っても、業界に入る若い人、または初めて呉服に触れる人達が増えている。丁稚から修行したような呉服を熟知した業界人は次第に減っている。と言うよりも激減している。

この先、気が付けば着物や仕立て、着物のしきたりを知る人がいなくなり、着物の営業マンはお客を集めるだけの人、専門店もお客にうけるような商品ばかりを扱うようになってしまうかもしれない。

多くの消費者は呉服屋の営業に踊らされるばかりで、着物の本質を知らないで着物と付き合う事になるかもしれないが、それでも僅かでも本当の着物を求める人達は必ずいる。昔からの染織の良さを解し、流行や上辺の営業に動かされない人達である。

そう言った人達は、本当の着物を教えてくれる呉服屋がなくなり行き場を失って行くかもしれない。どこへ行っても、奇を衒って創作された着物ばかり。仕立て替えを頼んでも要を得ず、「新しいのを仕立てた方が早いですよ」と言われ、寸法の直しさえも取り合ってくれない、あるいは取り合わない呉服屋ばかりになった時、着物難民として行き場を失ってしまうだろう。

着物難民が発生するのかどうか。発生しない可能性はある。一つは、本物の着物を求める消費者が皆無となる事である。手描もプリントも区別がつかずに満足する。着物を長く着る為に寸法を直したり、成長体形の変化に合わせて何度も仕立て直しをする人もいなくなる。着物を子や孫に伝える人がいなくなる。

そうなれば、自ずから着物難民は消滅する。消滅すると同時に私の店も消滅する事になる。

もう一つ、着物難民を発生させないためには、今からでも遅くはないから呉服業界が原点に戻って着物を考える事である。丁稚徒弟制度を復活せよとは言わないが、プロとしてお客様に接せられるような業界人を育てる事である。

不幸にして着物難民が大量に発生した場合、冒頭に書いた「今に着物難民が溢れますから、お宅の店に殺到するかもしれません。」と言う言葉が具現化するためには、私の店もまだまだ研鑽を積まなければならないと思っている。

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