Ⅶ-17 着物難民(その2)

このような変化の中で、業界に従事する人が劇的に変化してきている。

具体的な統計は分からないが、呉服業界に従事する人の数が減っているのは間違いない。

どんな業界でも規模が縮小すれば当然従事する人の数は減る。しかし、健全な規模の縮小であれば、その人口構成はそれ程変わらないだろう。年齢構成、役割の構成、仕事の習熟度など絶対数は減っても業界を支える事の構成はそう変わらないはずである。

しかし、呉服業界では人の減少だけでなく質的に大きく変化してきている。その質的な変化が呉服業界に大きな暗い影を落とそうとしている。

昔の呉服屋は、旦那の下に番頭が居て、手代、丁稚がいた。丁稚は使い走りをしながら仕事を覚えて手代となる。手代同士の相当熾烈な争いの後、優秀な手代が番頭となる。呉服屋でも薬屋でもその他どんな商売でも丁稚は掃除から覚え次第に仕事を覚えて行く。商品知識から接客まで旦那の目に叶った手代が番頭となった。

現代でも呉服屋では同じようだった。年嵩の先輩社員から商品知識を得て、お客様の事を覚え接客の技術を身につける。呉服の小売では、商品の知識だけでなく仕立てに関する知識も必要とされる。私は問屋で修業したけれども、問屋では商品の知識は身に付いたが、仕立についてはほとんど分からなかった。家業に戻ってから当初は仕立てで苦労した。お客様の方が仕立てに詳しい事もあった。訪問着の仕立てから子供の着物、宮参りの着物から半天まで、販売する者としてはお客様に「分からない」では済まない。

呉服の商売が如何に難しいかが身に沁みついているし、今でも分からないことが沢山ある。お客様が求める物に如何に応えるのか、商売の難しさである。

しかし、ここ2~30年の間にこう言った事情が変わってきた。
業界に従事する人が急激に減ったために、人口ピラミッドの構造が大きく変わってきた。具体的な例では百貨店の呉服売り場でよくみられる。

百貨店の呉服売り場の急激な縮小で係員が減少した。当初は新人を入れずにベテラン社員が売り場を切り盛りしていたが、ある年齢に達すると一斉にその人達は退職となる。あわてて新人の係員を配置しても呉服の知識のない人ばかりである。それでは困ると、ベテラン社員の一部を継続して雇用して売り場を維持している。今でも百貨店の呉服売り場では白髪のベテラン係員の姿が見られる。

また、逆に急速に社員を増やしている呉服を扱う業者もある。大規模な展示会に客を集めたり、広範囲な訪問販売をしている業者である。先頃倒産して話題を集めた「はれのひ」や多額の負債を抱えて倒産した「たけうち」や「愛染蔵」などもその範疇である。

営業に当たる社員は呉服の知識がほとんどない。ただお客さんを集めるだけの社員である。商品の事は協賛の問屋に任せ、売るのを専門とする「マネキン」と呼ばれる人が販売にあたる。仕立ては仕立て専門の社員が当たる。といったような分業で着物の販売にあたっている。

家に訪問したり、仕立物を届けてもらったり、お客様の直接店の窓口となるべき営業担当者は着物の知識を持ち合わせていない。

つづく

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