Ⅶ-15 呉服の流通に関する気になる動き(その3)

浮き貸し取引は、借りた商品で商売をすることである。商品を借りて商売するのであれば、小売店の在庫負担はなくなる。また仕入れて売れない商品(デッドストック)のリスクはなくなる。浮き貸しは、小売店、呉服店としては真に都合の良い取引制度である。

しかし、問屋にしてみれば、沢山の商品を小売屋に貸して売れない商品が大量に戻って来る、と言う事になると、問屋の在庫負担は莫大なものとなる。それだけに染屋織屋から買い取った商品がデッドストックになる危険性も増大する。

そういう訳で、浮き貸しと言う制度は、問屋にしてみれば余り切りたくないカードだった。問屋が染屋織屋から買い取った商品を小売屋にしっかりと買い取ってもらう。そう言った取引が業界としても正常な取引と言える。

しかし、着物が売れなくなるにつれて、様々な商法の出現と共に浮き貸し取引は増えてきた。
昭和30年代には既に各呉服屋では展示会が行われていた。商品を一堂に展示して消費者を動員して着物の需要を喚起していた。展示会で並べる商品は店の在庫だけでは足りないので問屋さんに応援を頼んだ。問屋さんが商品を持ち寄り、店の在庫と共に展示会場に並べた。問屋さんの商品が売れれば、その分を仕入れとした。

当時はまだ展示会は年に1~2回。2~3日間の催しだった。問屋さんの在庫をそれ程圧迫するものでもない。応援する問屋さんも、お付き合いの範囲として商品を持ってきてくれたのだろう。

私が京都にいた当時(昭和50年代後半)、私が勤めていた問屋は、ある百貨店と取引していたが、商品は全て委託(浮き貸し)だった。長い間商品を百貨店に預けて売れた分だけ入帳する(売上に挙げる)。戻ってきた商品の一部は、長い間店頭に置かれていた為汚れているものもあった。それらは全て問屋が処理しなければならない。

その頃から大規模な展示会を催す業者が増えてきた。体育館のように広い展示会場に大量の商品を集めて消費者を誘う商法である。「友禅の館」「愛染蔵」「たけうち」などがその例である。それらが展示する商品は全て「浮き貸し」によるものである。

尚、今挙げた三社は、後に多額の負債を抱えて倒産している。これも覚えておいていただきたい。

業界で浮き貸しの取引が増える中で、それでも問屋は買取をしてくれる小売屋を欲していた。支払いが間違いなく、返品の無い小売屋は問屋にとってはありがたい存在だった。

私の店も仕入れには厳しく算盤を弾いて、問屋にとっては浮き貸しよりも利幅が少ないにも関わらず、問屋さんは付き合い続けてくれた。商品を店に持ち込んでは広げ、小売店向けの展示会があれば案内状を持ってきてしつこく来店を促された。一反でも多く小売屋に商品を買い取ってもらいたいのが問屋の本音で会った。買取商売は、やはり商売の王道である。

つづく

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