Ⅶ-ⅻ 着物との本当の付き合い方とは(その6)

第一に、この家庭では、着物と縁を切ってはいない。おかしな言い方かもしれないが、現代の日本の家庭を見ると「着物と縁を切っている」と思われる家庭が多い。

着物は一枚も持たず、冠婚葬祭は着物を着るという感覚は全くなく、常に洋服。一生着物を着ない人もいるかもしれない。日本人である限り、冠婚葬祭をはじめ、着るべき時には着物を着る、または選択肢として考えていただきたいのだが実際はそうはなっていない。

この家庭では着物を排除していない。主人以外は普段着物を着る事も無いし、度々着物を仕立てるわけではない。しかし、必要な時には着物を着るし、適切な着物がなければ仕立てもする。

今時、全ての日本人が普段に着物を着るべきだ、などと原理主義を振りかざす気はないし、振りかざしたとてなびく人はいないだろう。ただ日本人として生活の片隅に着物の居場所を創っておいていただきたいのである。

第二に、この家庭では着物を特別なものとは見ていない。

日本の現代の衣装は、まちがいなく主流は洋服である。着物と縁を切っていない人でも「着物」と聞くと特別な衣装、と身構える人が多いように思える。着物が好きでしょっちゅう呉服屋に出入りしている人は極一部で特殊な人と思われている節がある。

たまにしか着物を着ない人は呉服屋に入るのは勇気がいるらしい。そして、着物を仕立てることは特別なことと思われている。たしかに普通の人にとって着物を作るのは稀だしお金もかかる。特別なことと思われても仕方がないかもしれない。

しかし、考えて見れば、洋服も同じである。お洒落に興味のある人は、給料日毎にブティックに出入りするかもしれない。それは着物を好きな人が呉服屋に出入りするのと同じである。普通の人はそれ程ブティック、洋服屋に通っているわけではない。

私は25年前にコートを買って、それ以来コートは買っていない。今度買うとしたら30年ぶりかもしれないが格別緊張はしない。25年は長すぎるが、スーツやコートは10年に一度しか買わない人もいるだろう。しかし、スーツやコートを10年ぶりに買いに行っても緊張したり特別な思いはないだろう。

確かに洋服と着物は価格も着付けもメンテナンスも違うので、洋服ばかり着ている人には違和感を覚えるかもしれない。しかし、「衣装」と言う大きな目で見れば、どちらも同じであり特別な感慨を抱く必要もないのであるがなかなかそうもいかない。

この家庭では着物に対して特別な思いは感じられない。ごく普通に「着るべき物」「衣装」として付き合っている。

つづく

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