Ⅶ-ⅻ 着物との本当の付き合い方とは(その2)

着物を着る人、買う人の立場に立てば、着物は買いづらいものであるのは否めない。着物を買うとなると、展示会に連れて行かれて高額の着物を勧められる。長期のローンを組まされて長い間支払いを続けることになる。そこで買わせられる着物は普段着ではなく晴れの着物。着物は宝石のように一生に一度のお買い物のような印象受ける。

着付を学ぼうと思えば無料着付け教室と称して高価な着物を買わせられる。着物を買わせられなくても着付け道具を買わせられる。本来なかったような(昔の人には不要な)着付け道具は、着付けを手助けするのではなく、それがなければ着付けができなくなるという功罪がある。

これでは着物は買いづらい物を通り越して、特殊なものとしか受け取れなくなってしまう。

料理の例に戻ると、和食が超高級料亭でしか食べられなくなったようなものである。和食を食べたいという人を無理やり料亭に連れて行って高学な料理を食べさせるようなものである。和食を出す店は、料亭の他にも一品料理の店から郷土料理、居酒屋、安価に飲める一杯飲み屋まであるのだけれども、呉服業界では和食と言えば高級料亭しかないのだと消費者を惑わせているのようなものである。(実は、呉服業界でもっと問題なのは、高級料亭の料理だと言いながらレトルト食品を出している実態が見受けられることなのだが。)

呉服業界が健全な状態に戻るには、和食の業界と同じように高級な料理から家族で食べに行ける料理屋、安価に一杯飲める料理屋まで消費者の様々な需要に応えられる体制にしなければならない。

昔は絹物を売る高級呉服屋と綿反を売る着物屋があった。後者は太物屋と呼ばれていた。どちらも扱っていた店もあっただろう。消費者は晴れ着から普段に着る着物まで必要に応じて店を選び着物を買っていた。今は太物だけでは商売ができないので、高級品ばかり扱う為に、かえって消費者が呉服屋から離れている。

和食業界のようにもっと身近に着物を着る環境を創らなければならない。「着物を着る環境を創る」などと言えばいかにも大げさに聞こえるけれども、何のことはない昔の呉服屋に戻ればよいのである。しかし、時代は逆戻りはしない。無理に時代を逆戻りしたところで商売は成り立たないだろう。

ここで考えるべきことは、消費者の意識を着物本来の物に戻すことである。戻すというよりも、昔日本人は着物とどのように付き合っていたのかを理解してもらえれば着物を取り巻く環境も随分と違ってくるはずである。

今の着物は非日常的に高価で腫物を触るが如く扱われている。昔はどうだっただろうか。普段、日常来ている着物はどのようだっただろうか。

そんな事を考えている私だったが、それを後押ししてくれるようなお客様が現れた。先代、先々代より親しくさせていただいている家の息子さんである。

つづく

 

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