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Ⅶ-ⅻ 着物との本当の付き合い方とは(その5)

さて、ウールは洗い張りをしないので私が解いた。自分で解けば着物の状態がよく分かる。解いた裂片は一枚でもなくせば仕立て替えはできなくなる。注意して糸を抜きながら解いた。小さな穴が開いたり擦り切れているものもある。

解いた後は仕立てである。仕立士を呼んで仕立てを頼んだ。仕立士は職人としてプライドもあり、古い着物の仕立て替えは嫌がるのかと思いきや、仕立て直しも喜んで受けてくれる。仕立て替えの場合、既に裁ってあるので、反物にハサミを入れる緊張から解放されるという。

そして、今回のような破れや擦り切れなどがあるものは、どのようにしてその難を目立たせなくするかは、その仕立士の腕の見せ所となり、仕立士によっては、そう言った仕事を好んで受ける人もいる。

仕立士には傷のある個所、擦り切れている場所を示しながら仕立て直しの方法を話し合った。「おくみの丈の足りない分は衣敷から採る。」「右左の袖を反対にして、擦り切れた袖口を袖付けにする。」他に「穴の開いた部分をできるだけ目立たせないで」等々。

果たして古いウールの着物は仕立て替えられて仕上がってきた。洗い張り、折消しをしていないので、アイロンで伸ばしているとは言えども若干の折痕が残っているが、袖口の擦り切れはなくなり(袖付けの中に織り込まれている)、本人の寸法通りに仕立て上がった。

その後、綿絣も仕上がり納めることができた。加工代は、解き代と仕立て代程度なので新品を仕立てるよりも遥かに安い。新品と同じとは言えないが、普段に着る着物なので何も不都合はない。そのお客様には大変喜んでいただいた。

私の店のお客様について色々と書いてきたが、このお客様と言うよりもこの家の方々の着物との付き合い方は、現代の日本の家族の手本になることが多々あるように思える。その一つ一つについて解説しよう。

第一に、この家庭では、着物と縁を切ってはいない。

おかしな言い方かもしれないが、現代の日本の家庭を見ると「着物と縁を切っている」と思われる家庭が多い。

着物は一枚も持たず、冠婚葬祭は着物を着るという感覚は全くなく、常に洋服。一生着物を着ない人もいるかもしれない。日本人である限り、冠婚葬祭をはじめ、着るべき時には着物を着る、または選択肢として考えていただきたいのだが実際はそうはなっていない。

この家庭では着物を排除していない。主人以外は普段着物を着る事も無いし、度々着物を仕立てるわけではない。しかし、必要な時には着物を着るし、適切な着物がなければ仕立てもする。

今時、全ての日本人が普段に着物を着るべきだ、などと原理主義を振りかざす気はないし、振りかざしたとてなびく人はいないだろう。ただ日本人として生活の片隅に着物の居場所を創っておいていただきたいのである。

第二に、この家庭では着物を特別なものとは見ていない。

つづく

来週(12月31日)は休ませていただきます。
 新春1月7日よりUP致します。

Ⅶ-ⅻ 着物との本当の付き合い方とは(その4)

初めて着物を仕立てるので寸法の控えはなかった。そこで着ている着物を見本として採寸することにした。ところが着ている着物は異常に丈が短い。裄も短かった。

「ちょっと丈が短いようですが。」
と言うと、
「これ私の祖父さんの着物なんです。うちの祖父さんは背が低かったので・・・。」
着ていたのは祖父が着ていた単衣の着物だった。直さずに来ているので、丈は2寸程度(7~8センチ)短かった。採寸して、その後丹前地を仕立てて納めた。

しばらくして、また風呂敷包みを抱えてやってきた。

「先輩、いいですね。やはり自分の寸法と言うのは。足元は暖かいし、体にピタッと来るんです。」

そう言って風呂敷包みを解いて、
「これも仕立て直してください。私、いつもこれを着ているんです。」

先日着てきたウールの着物だった。正直高価な着物ではない。袖口も一部擦り切れている。それでも内揚げしてあるので丈は伸ばせそうである。

仕立替えをするとなると、通常、洗い張りをして筋けしをして仕立て替える。加工賃も結構かかる。いくらぐらいかかるかを理解していただくために加工する手順と加工賃を説明した。そして、普段着なので折痕が気にならないのであれば洗い張りをせずにアイロンで伸ばすだけなら安くなることも説明した。

ウールは普段着である。昔はおそらく仕立て替えするのにいちいち丁寧に洗い張りなどしなかったかもしれない。もしくは自分の家で洗い張りをしたのかもしれない。

「どうせ家で着ますので、洗わなくても結構です。」

結局、解いてアイロンで筋消しして仕立てることにした。

風呂敷包みには他にも数着の着物が入っていた。
「これはどうしたらよいでしょうか。」

いずれも祖父や父親の着物らしいが、着ていてやはり自分の寸法に直せれば良いと思ったのだろう。それら一枚一枚寸法を測り、打揚げはあるのか、反物幅は裄が出せるだけあるのかどうかを調べた。残念ながら内揚げがなかったり、幅が足りなかったりで仕立替えが難しい物ばかりだった。

しかし、一枚だけ私の目に留まった着物があった。単衣の綿の絣だったが、非常に柔らかく綿薩摩かと思わせるものだった。亀甲も綺麗に揃っている。

「残念だけど仕立て替えは難しい物ばかりですが、これだけは良い物ですので洗い張りをして仕立替えしたら良いですよ。」

私がそう言うと、
「ああ、それはとても着易いと思っていたんです。それじゃ、それだけ仕立替えしてください。」

結局、ウールと綿絣の着物を仕立て替えることになった。

つづく

Ⅶ-ⅻ 着物との本当の付き合い方とは(その3)

その家は名家で、山形で大きな会社を経営している。息子さんは既に社長さんで、お父さんはもう引退している。

先々代から付き合いはあるが、度々着物を買いに来ているわけではない。私の父が生きていたころ先代さんと合えばよく「結城さん、娘結婚する時には着物を買うから。」と言われたのを私もよく聞いていた。

私が山形に戻ってきてからあまり店に来たことはなかったが、その娘さんが嫁ぐ時には一式揃えてくれた。他にも結婚式など必要な時に何度か買っていただいたが、しょっちゅう店に来るわけではない。必要に応じて必要な着物を買いに来ていた。私の店でも着物を売り込みに行くでもなく、着物について相談されれば相談に応じていた。

その家の方が私の店に余りやってこなかったのは訳がある。それは、着物を買う必要がなかったのである。買う必要がないというのは、名家であるがゆえに着物はたくさん持っていた。先代に嫁いできた大奥様も沢山の着物を持参したのだろう。また、先々代の旦那はいつも着物を着ていた。だから沢山着物を持っていた。

つまり、着物を着る事はあるが、買わなくても着物はある。しかし、必要に迫られれば結城屋で着物を買う、という極当たり前のことだった。

さて、その息子さん(社長さん)が着物姿で自転車の荷台に大きな風呂敷包みをつんで店にやってきた。普段はスーツ姿の社長さんである。

「〇〇さん、今日はどうされたのですか。」
と聞くと、

「先輩(私の事を先輩と呼んでくれる)、ちょっとこれを見てもらいたいんです。」
そう言って荷物を解いて店に持ち込んだ。風呂敷からは反物が十反程出てきた。

「蔵を掃除したら出て来たんです。」
反物はいずれも古いものだった。黄色くなった箱に入ったものや、破れた紙に巻かれたものなど。綿やウールの反物だった。

「私は家ではいつも着物なんです。この着物を着てお尻を端折って洗濯や風呂掃除をしています。」

大社長さんが家で着物の尻を端折って風呂掃除をする姿を想像して、少し可笑しくなったが、かえって名家に似つかわしいようにも思えた。そして、
「私の次男も着物が好きで息子にも一枚作ってやりたいのですが、これで何とかなるでしょうか。」

私は反物を一反一反調べた。中には初めて見る反物もあった。ウールの丹前地である。ウールの生地の裏にネルの生地を張り付けたような反物だった。仕立てれば単衣の仕立物になるが、袷と同じような温かい着物になる。生地の端には「寿」の字が赤く染められていた。

「昔、結婚式で引きものとして貰ったもののようです。昔は引きものに反物を使っていたんですね。」

結婚式で貰った反物をそのまま蔵に仕舞っていたものらしい。

他にもウールや綿反があった。それぞれの反物の幅を計ってみたが、男物に仕立てるのに綿反は幅が狭く裄が出ないものが多い。結局、丹前地が二反あったので、本人と息子さんの着物を仕立てることになった。

つづく

Ⅶ-ⅻ 着物との本当の付き合い方とは(その2)

着物を着る人、買う人の立場に立てば、着物は買いづらいものであるのは否めない。着物を買うとなると、展示会に連れて行かれて高額の着物を勧められる。長期のローンを組まされて長い間支払いを続けることになる。そこで買わせられる着物は普段着ではなく晴れの着物。着物は宝石のように一生に一度のお買い物のような印象受ける。

着付を学ぼうと思えば無料着付け教室と称して高価な着物を買わせられる。着物を買わせられなくても着付け道具を買わせられる。本来なかったような(昔の人には不要な)着付け道具は、着付けを手助けするのではなく、それがなければ着付けができなくなるという功罪がある。

これでは着物は買いづらい物を通り越して、特殊なものとしか受け取れなくなってしまう。

料理の例に戻ると、和食が超高級料亭でしか食べられなくなったようなものである。和食を食べたいという人を無理やり料亭に連れて行って高学な料理を食べさせるようなものである。和食を出す店は、料亭の他にも一品料理の店から郷土料理、居酒屋、安価に飲める一杯飲み屋まであるのだけれども、呉服業界では和食と言えば高級料亭しかないのだと消費者を惑わせているのようなものである。(実は、呉服業界でもっと問題なのは、高級料亭の料理だと言いながらレトルト食品を出している実態が見受けられることなのだが。)

呉服業界が健全な状態に戻るには、和食の業界と同じように高級な料理から家族で食べに行ける料理屋、安価に一杯飲める料理屋まで消費者の様々な需要に応えられる体制にしなければならない。

昔は絹物を売る高級呉服屋と綿反を売る着物屋があった。後者は太物屋と呼ばれていた。どちらも扱っていた店もあっただろう。消費者は晴れ着から普段に着る着物まで必要に応じて店を選び着物を買っていた。今は太物だけでは商売ができないので、高級品ばかり扱う為に、かえって消費者が呉服屋から離れている。

和食業界のようにもっと身近に着物を着る環境を創らなければならない。「着物を着る環境を創る」などと言えばいかにも大げさに聞こえるけれども、何のことはない昔の呉服屋に戻ればよいのである。しかし、時代は逆戻りはしない。無理に時代を逆戻りしたところで商売は成り立たないだろう。

ここで考えるべきことは、消費者の意識を着物本来の物に戻すことである。戻すというよりも、昔日本人は着物とどのように付き合っていたのかを理解してもらえれば着物を取り巻く環境も随分と違ってくるはずである。

今の着物は非日常的に高価で腫物を触るが如く扱われている。昔はどうだっただろうか。普段、日常来ている着物はどのようだっただろうか。

そんな事を考えている私だったが、それを後押ししてくれるようなお客様が現れた。先代、先々代より親しくさせていただいている家の息子さんである。

つづく