Ⅶ-ⅻ 着物との本当の付き合い方とは

着物を取り巻く環境は日に日に厳しくなっている。着物の需要が減少し、業界が急激に萎んでいる、と言った我々の商売上の話だけではない。「日本の着物」が我々日本人から日に日に遠ざかっていると感じているのは私だけだろうか。

私の店のお客様に限らず着物が話題になると皆口をそろえたように、「着物は高いから」「一人で着られないから」「着るのが大変で」「いちいち髪もセットアップしなければならないから」「メンテナンスが大変でしょ」等々、着物を敬遠する言葉がゾロゾロと出てくる。

毎日のように着物を着ている人はほとんどいなくなった。私の母も女房も毎日着物を着ているが、「呉服屋さんだからでしょ」の一言で片づけられ特別な存在に見られてしまう。呉服屋や旅館の女将さんなど、必然的に着物を着る人以外の言わば一般人が毎日着物を着ていると、変人扱いされるか、または着物の業界で英雄視されるといった現象まで見受けられる。

着物は日本人にとって全く特別な衣装となってしまった感がある。日本人は昔から皆が着物を着てきた。江戸時代や室町時代とは言わずとも、ほぼ現代の着物の形ができた明治から大正、昭和の初めにかけて日本人は、ほぼ全員が着物を着ていた。

次第に洋服が着られるようになったが、初めは洋装の人をモボ、やモガと言ってむしろ特別視していた。戦後、急速に洋装化が進み現在に至っている。洋装と和装の立場が逆転したのである。

衣装に限らず西洋化は日本の一つの方向性として明治以後勧められてきた。

料理も洋食が生活の中に次第に入り込んできた。とは言っても戦前までは洋食を出す店は少なく洋食を食べるのは庶民の憧れだったという話も聞く。しかし、戦後急速に洋食は日本の食卓に入ってくる。食糧不足の日本にGHQがパン食を勧めたのは、アメリカが後々小麦を日本に輸出する為の地政学的政策だったともいわれているが、それが真実かどうかにかかわらずパン食は日本人の生活に溶け込んでいる。

更に、スパゲッティーやハンバーガーなど昔は日本人が口にしなかった食べ物が幅を利かせるようになっている。料理、食品も着物と同じように西洋化が進んでいるとも解されるけれども、両者は根本的なところで違っている。

確かに現代日本の食品事情を見るに、和食の占める割合は少なくなっている。しかし、いくら和食が少なくなっていると言えども、決して和食は否定されてはいない。否定されるどころか、高級な料亭や料理店は繁盛している。進んで和食を学ぼうとする人もいる。

ハンバーガーが好きだ、イタ飯が好きだ、ステーキが好きだと言っても和食を食べない人はいないだろう。現代日本において和食と洋食、また中華料理やその他の料理も見事に共存していると言える。これから先、ハンバーガーチェーンがいかに売り上げを伸ばそうとも和食がなくなることはあり得ない。

日本人は和食の他にも様々な料理を食べ、幸せな食生活を享受している。

しかるに、翻って着物の世界を見ると、日本の着物は洋服に一方的に駆逐されている。何故こうなってしまったのだろう。和食も洋食も食べるように、着物も洋服も両方のファッションを楽む、と言う事にならなかったのはなぜなのか。一体何が違うのだろう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です