Ⅶ-ⅺ 再度、着物の価値について(その2)

訪問着の畳紙に値札が入っていた、印字された数字は「1,000,000円」。おそらく高額の商品を買った証として買った人が大切にとっておいたのだろう。そして更に値札の裏には赤で「700,000円」の印字があった。

私も呉服屋の端くれである。着物の値段とは30年以上向き合っているし、算盤をはじきながら仕入れもしてきている。目の前にある着物を仕入れようとしたらいくら位かは大体分かるつもりである。私の頭の中では、どう算盤を弾こうとも1,000,000円の数字は出てこない。

札を見れば、その着物を打った人の次のような売り口上が聞こえてくる。
「奥さん、これは1,000,000円の作家物ですが、今回は700,000円で買えますよ。」
着物の持ち主がいくらで購入したかは分からない。しかし、私の目にはとても700,000円の着物には見えない。

さて、弁護士の奥さんから私が要求されているのは、この着物の「価値」を判断することである。私は何と答えて良いか分からなかった。「着物の価値」とは何を意味するのだろうか。

「価値」と言うのは、どんな商品であれサービスであれ、その立場によって変わる物である。着物の価格の形成はとても複雑であることは既に述べた。

私の立場で着物を見れば、「いくらで仕入れる価値があるのか」「いくらで売る価値があるのか」が直感的に頭の中に浮かぶ。仕入れに行って欲しい商品を目にしたときは、直ぐにいくらで仕入れればよいのかが頭に浮かぶ。それは売る価格を考えての事である。どんなにすばらしい商品でも価格的に売れるあてのない商品は仕入れられない。

呉服屋にとって単純に「価値」と言えば、「いくらで売れる商品価値」というのが直感である。

しかし、目の前にある着物をその尺度に照らしても、私の頭の中で算盤玉は一向に動いてくれない。すなわち私にとってその着物は「仕入れたくない着物」であって、言わば「価値のない着物」なのである。もしも「ただで差し上げますので店頭に並べてください」と言われたとしても私は引き取らないだろう。

しかし、私に今求められているのは、私の主観的な価値ではなく客観的な価値である。おそらく法的な「価値」の鑑定を依頼されている。

では、法的な価値とは何を意味するのだろう。考えられるのは、①製造原価(染屋の出し値)、②問屋の卸値、③小売屋の売値(その着物の持ち主が買った値段)などが考えられるが、それらはどんな意味を持つのだろうか。その価格を調べたとしてもそれを皆が価値として認めるのだろうか。ましてその着物は仕立て上がっている。引き取っても仕立て替えなければならない人にとってはまた価値は変わってくるだろう。

金の価値は相場により左右される。しかし、相場の価格であればいつでも売買が成立するがゆえに金の価値は常に明確である。しかし、着物の場合は主観に左右される要素が大きい。

法的な価値と言えば「今処分すれば確実にいくらになるのか」と言う事に尽きるように思える。では、「その着物がいくらで転売できるのか」、それは私には応えられない。「100円です」と私が鑑定したとしても、私に100円で引き取りを要求されても私は引き取らない。

かと言って、「0円です」と答えたとしても、100円で引き取る人が出てこないとも限らない。無理に鑑定しても、私は私の鑑定に責任は持てないのである。

結局、着物に関するその辺の事情をよく説明したうえで価値をお応えすることなく引き取ってもらった。

後日談ではあるが、結局その着物は古物を扱う人に鑑定してもらい「価値は0」と言う事で決着したらしい。

つづく

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