月別アーカイブ: 2017年4月

Ⅵ-ⅵ 古い着物はどうしたらよいか (着物のメンテナンス) (その7)

【染替】

 古い着物を持ち込んで染替を頼まれることがある。先日も、お客様の派手になった色無地を地味な色に染替えて仕立て、大変喜ばれた。着物は染替が可能である。

 しかし、何でもかんでも染替えられるわけではない。仕立てられた着物を解いて洗い張りをする。そして、色を抜けば白生地に戻りそれを染めて新しい着物にする、と言うのが染替である。染替という技術の裏には、貴重な絹の生地を大切に使ってきた日本の心があると言ってよい。派手になってしまった着物を地味に染替えて着る。親が着ていた着物を染め変えて娘が着る、と言ったことは洋服では到底まねができない。日本の着物ならではかもしれない。

 私の店ではあらゆる加工の相談にのっているので、様々なケースが持ち込まれる。「色無地の色を替えたい。」は良くある相談で、他には「この小紋を別な柄の小紋に染替えたい。」「この訪問着はもう着ないので、色無地に染替えたい。」「色留袖が派手になったので地色を地味にしたい。」等等。

 いずれも、着物を大切に着たいという気持ちからの要求で、着物は染替えられると親や誰かから聞かされてきたのだろうと思う。しかし、今そういった要求には応えられなくなってきている。

 一つの理由には、元々できない物もある。例えば、黒留袖を薄い紫の色無地に変えるというのは初めから困難である。黒留袖の黒の地色を白生地に戻すことは困難である。もしも、それができたとしても、裾の柄の色を抜いて薄い紫に染めるのも困難が伴う。裾柄を抜いてほぼ白生地に戻すことができたとしても、薄い色に染めた場合、裾柄が炙り出しのように浮き出てしまう。また、特殊な染料を使った場合色が抜けないこともある。

 そのような場合、昔の人はどうしたのだろう。留袖に限らず、小紋を染め変えた場合、元の柄が浮き出てくる可能性は十分にある。それでも昔は小紋を別な小紋に染替えることをやっていた。

 昔(30年位前)は、染替えの需要も今よりはたくさんあったし、染替える職人もたくさんいた。その当時染替用のカタログがあったのを覚えている。着物を持ち込めば指定の柄に染替えてくれる。しかし、掲載されている柄の多くは、色の濃いものか更紗のような多色の入り混じった柄だった。色の薄い小紋の柄もあったけれども、それらは白生地から染める柄、と制限があった。

 柄物のきものを柄物の着物に染替える場合は、前の柄が浮き出ても目立たないような柄に染替えるといったルールがあった。そういったルールを無視して染替はできないのである。

Ⅵ-ⅵ 古い着物はどうしたらよいか (着物のメンテナンス) (その6)

【裾直し】
袷の着物の裾は表地と八掛地(裾回し)が裏表になっている。八掛地の方が表地よりもわずかにはみ出している。これは、見た時に表地の裾に八掛地の色が重なって見える視覚的効果もあるが、実は表地を保護する役割を担っている。
着物を着ていると裾が擦れるために、長い間着ていると裾が擦り切れてしまう。しかし、八掛地が出ているので、まず八掛地が擦り切れる。表地が擦り切れないように、八掛は言わば表地を守る防波堤の役割を果たしている。
擦り切れた裾では見栄えが悪いので直さなければならない。完璧に直すには、解いて仕立て替えをする。洗い張りをして、擦り切れた八掛は除いて(ずらして)仕立てる。これで全く元通りになる。ぼかしの八掛の場合、制限はあるが、無地の場合は理論的には八掛がなくなるまで仕立て替えられる。八掛が短くなれば胴裏で補うことにはなるけれども、胴裏が足りなくなれば、見えないところなので剥いで継ぎ足すことができる。
八掛を消耗品として何回でも仕立て替えられる機能が着物には備わっている。日本人の着物を大切に長く着るという思いがここにも見て取れる。
さて、仕立て替えできるとはいえ、裾が擦り切れて仕立て替えするのは大仕事である。現代では普通の人であれば、同じ着物を着るのは年に数回かもしれない。その程度で裾が擦り切れるには数年かかるだろう。擦り切れとともに汚れがついて洗い張りをしなければならない時には、その機会に八掛をずらして仕立てるのも良いだろう。
しかし、しょっちゅう(毎日)来ている人の裾は意外とすぐに切れる。料理屋の女将さんや毎日のように着物を着ているお客様からは私の店にも裾の切れたお直しが頻繁に持ち込まれる。
頻度に関わらず仕立て替えは大変である。手間も大変ではあるが、加工代もばかにならない。洗い張りをして仕立て替えると、私の店では45万円掛かってしまう。余りにも汚れてしまったり、他にも補修すべき箇所が多かったりすれば仕立て替えも良いだろうけれども、汚れが丸洗いで対応できる範囲であれば、その度に仕立て代を支出するのはもったいない話である。

 私の店にいらっしゃる方には、裾が切れた場合次のような提案をさせてもらっている。

 擦り切れた裾を解いて折り込んで閉じる。非常に単純な対処法だが、お客様には喜ばれている。加工代は5,000円足らず。仕立て替えの十分の一である。
ただし問題は、丈が短くなることである。仕立て替えであれば、丈は元のまま指定寸法で仕立て上がるが、この方法では折り込んだ分だけ丈が短くなる。

 折り込みによって短くなる丈は、裾の切れ具合によっても違うが約8分前後である。この方法で裾を直すことによって丈(衿下)1寸弱短くなる。丈が短くなれば当然不都合が生じるが、女性の着物はおはしょりで調整できるので、着られないことはない。丈が1寸短くなった場合、腰紐の位置を5分下にすれば着丈は同じになる。

 私のお客様で度々裾直しをされる方がいる。毎日着物をお召しになるので何度か丸洗いをすると裾が擦り切れてくる。その度に裾直しをするが、同じ着物の裾を二度三度直す。三度裾を直すと3寸近く丈(衿下)が短くなるので、さすがに着難くなるとおっしゃっているが、それでも仕立て替えするよりはずっと安く上がるので重宝していただいている。もちろん三度直してまた裾が切れれば仕立て直しをしていただいている。

 ただし、絵羽物の場合裾に柄があるので柄が切れてしまう場合はこの方法ではできない。

 着物は古来日本人が普段に晴れに着て来たものである。その構造も仕立てや直しも鷹揚にできている。昨今の着物を見る目は、TPOや柄合わせ、仕立て等々実に厳しい目で見られている。いつ何の着物を着るのか、仕立ては正確か、織傷や染難はないか等、それらは日本人の品質に対する厳しい感覚であり、悪いことではない。しかし、着物は実に合理的で鷹揚にできている面があることを忘れさせているようにも思える。

 裾が切れて少々丈の短い着物を着る事に抵抗を感じる人もいるかもしれない。そのような方には仕立て替えをしていただければ、着物は元通りに再生する。しかし、皆がそれに右倣いした場合、「着物のメンテナンスは何と高いのだろう。それは着物を着るなら覚悟しなければならない事」と思ってしまうかもしれない。着物をもっと気軽に来てもらうには、昔から日本人が積み上げてきた着物の鷹揚さをもっと利用していただければ、着物をもっと身近に感じていただけるのだけれども。

Ⅵ-ⅵ 古い着物はどうしたらよいか (着物のメンテナンス) (その5)

 裄丈直しでもう一つ注意しなければならないのは、折痕とヤケである。これは、袖丈でも触れたけれども、寸法を伸ばすときの問題で、縮める時は問題にはならない。

 袖付けを解いて裄丈を伸ばすと、袖や肩あるいは双方に折痕やヤケの痕が出てしまう。

 折痕は「折消し加工」で解消する。実際に裄丈直しの工賃は、当社で5,000円だけれども、裄を出すための折消し加工に5,000円かかる。裄を縮める場合は5,000円で済むけれども、裄を出す場合は10,000円掛かることになる。
 紬の場合、特に細かい格子柄の場合など折痕が目立たない場合は折消し加工はせずに裄丈直しをする人もいる。昔は、普段着を加工する時には、アイロンを掛けるぐらいで折消し加工などしなかっただろう。

 染物の場合は折消しに加えてヤケの問題がある。紬でもヤケ痕が出てしまうものもあるが、先染めの紬は染物よりも堅牢に染まっているので、それほど目立たない。染物では古ければ少なからずヤケが生じている。色によってヤケ易い色とヤケ難い色がある。余り目立たなければ折消し加工のみで加工する事もあるがヤケがひどい場合はヤケ直しをする必要がある。染物は晴れ着が多いために、紬と違ってヤケの処理には気を遣う。大切な着物、思い入れのある着物であれば、少々加工代はかかるけれどもヤケの完璧に直すことができる。

 先に、「反物幅×2-縫い代」と言う方程式を示したけれども、実は更に裄を出すための裏技もある。1尺幅の反物であれば、ほとんどの女性の裄丈は十分に採れる。しかし、中にはバレーボール選手のような背の高い女性もいるし、体格の良い男性の中には、裄丈が2尺以上必要とする人もいる。関取の着物はもっと裄が長いだろう。
そのような時には、袖付け部分の袖に剥ぎを入れて袖幅を広くして裄丈を確保する。1尺幅の反物で21寸の裄丈にしようとすれば、肩幅95分、袖幅95分に2寸の剥ぎを入れる。
剥ぎを入れるには共の生地が必要である。関取の場合は相当の裄丈が必要(身幅も必要かもしれない)なので、初めから二反で仕立てると言う話も聞いたことがある。しかし、普通の人ではいくら裄丈が長くても、二反は必要ない。生地は、余り布があればそれを使う。古い着物の場合は余り布がないので余っている部分の生地を使う。襟の裏を使ったりもする。特に男性の場合はバチ衿なので、衿を解いて中の生地を欠いて使う。
足りない生地をどこから工面するのか、素人には難しく思われるが、熟練の仕立士は実に巧妙に生地を工面して、そして物の見事に要求された寸法通りに仕立て上げる。私もお客様から与えられた難問に直面した時、仕立士に相談して簡単に解決することも多々ある。
そういう意味でも、日本の着物は仕立て直しをしながら長く着られる工夫がされているのだと思う。
仕立て直しや仕立て替えに困ったときには、呉服屋に相談すれば、思ってもみない解決法が示されるはずである。寸法が違って着られない着物をもらった時には、あきらめず呉服屋に相談してみたらよいと思う。必ず解決されるとは限らないけれども、様々な提案をしてくれるはずである。

Ⅵ-ⅵ 古い着物はどうしたらよいか (着物のメンテナンス) (その4)

襦袢の袖丈は、着物の袖丈よりも短ければ着物の袖の中で泳いでしまい、襦袢の袖が着物から出てしまうことがあるが、襦袢の袖丈が長ければ着物のそでの中で泳ぐことはない。寸法差が1寸あるいは2寸も違えば不都合が生じるが5分程度であれば許容範囲である。
もっともこれは正当な着物の着方ではなく、自分が許容できるかどうかの問題なので、個人の判断に任せたい。このような着方は、普段着を大切に長く着ていた名残と思っていただきたいが、毎日着物を着る人にとってはそういったやり方もあるのである。
紬ではなく染物の場合、今度は擦り切れとともにヤケの問題がある。古い染の着物には少なからずヤケがある。袖を解けば、表に出ていた部分と縫い込まれた部分の色が違っている場合がある。そのまま袖丈を伸ばして仕立てれば、はっきりとした色の境ができてしまう。ヤケは直すこともできるが相応の金がかかる。ヤケがあるかどうかは、あらかじめ袖先を解いて検証する必要がある。

【裄丈直し】

 裄丈直しは、私の店のお直しの中でも最も多いお直しである。その原因として、現代の人はたいてい親よりも背が高く親の寸法では裄が短い。また、洋服を着慣れているせいで、より長い裄丈を要求する人が多い。きものとして余りにも長い裄丈を要求された場合は、着物の採寸の仕方を説明して諭す場合もあるが、一般的に昔よりも裄丈を長く仕立てる人が多い。

 裄丈直しは、裄を長くする場合と短くする場合があるが、後者はほとんどない。前述の理由でほとんどが裄丈を伸ばすお直しである。

 さて、裄丈を直す場合、袖付けを解いて裄丈を伸ばす(又は縮める)ことになるが,縮める場合、問題はない。
 問題と言うのは、第一に生地が足りるかどうかである。裄丈は肩幅+袖幅である。反物の幅がそれぞれ肩幅、袖幅になるので、理論的に裄丈は、「反物幅×2-縫い代」だけ採れる。裄丈を縮める場合は、生地を縫い込むだけなので問題はない。
 しかし、裄を出す場合は上述の方程式「反物幅×2-縫い代」で足りない場合がある。現在織られている反物は幅が約1尺が基本である。この反物で仕立てる場合、裄は「2尺-縫い代」になる。19寸~195分程度の裄はできる。しかし、昔の反物は反物幅が狭かった。従って、親から譲られた着物は指定の裄丈ができないものもある。戦前戦後におられた古い反物は幅が85分程度のものもある。その反物では、裄丈が所謂並寸(165)しかできない。古い着物の場合は、反物幅があるかどうかを検証しなければならない。