Ⅵ-ⅲ 消費者(きものを買う人)が求めるもの

私はきものを商っている。きものを沢山売りたいと思う。きものを売るには、お客様(消費者)に買って頂かなくてはならない。お客様がきものを買うのは、きものを欲しいと思うからである。お客様(消費者)が欲しいと思うきものを揃えておけばきものが売れる。これは道理である。

きものに限らず、どんな商売でもお客様が欲するものを売っている。消費者の好みに合う商品であれば、消費者の支持を得て商品は売れる。消費者の好みとは何だろうか。消費者は何を求めて商品を買うのだろうか。

携帯電話やスマートフォンでは、最新の機能を持った商品、性能の良い製品が支持される。それに加えて、デザインや話題性などの付加価値も売れ行きを左右する。もちろん価格も比較の対象となる。食品では、美味しいことが第一の条件だろう。それに流行や見た目など、それに価格である。

携帯電話や食品は、比較するには、きものとは程遠いかもしれない。きものに近いアパレルではどうだろうか。

アパレルでは、第一に品質である。品質と言うのは、デザイン、素材の良さ、縫製の良さである。それに加えて、ブランド、デザイナー、流行など。そして価格もあるが、安ければ良いというものでもない。価格を売りにするブランドもあるが、消費者に支持されるブランドは、それ相応の品質を保持している。また価格が高くても、完成度の高いデザインを要する有名ブランド品は消費者に支持されている。

携帯電話、食品、アパレル、また他の商品にしても、消費者が求めるものは付加価値を含めた商品そのものの品質である。売れているスマートフォンは最新機能を備え性能が良く信頼性がある。行列のできるラーメン屋さんは美味しく価格もそれに見合っている。アパレルは高かろうが安かろうが着る人が納得できるものである。それらは、商品そのものが消費者にとって有用であるかどうかの対象となっている。

さて、きものの場合を考えてみる。消費者は何故きものを買うのだろうか。どのような判断できものを選び買うのだろうか。私がこのような疑問を呈するのは、きものを商って35年の経験によるものである。消費者が何故きものを買うのか、きものを買う動機は何なのか、疑問に思うことが多々あるのである。

私は呉服屋に生まれて幼い時から家業の呉服屋を見てきた。見てきたといっても、商売をしているわけでもなく、家業を継ぐつもりもなかった(私は次男である)ので、ただ横目で見ていたのだが、それでも「呉服屋とはこんなもの」というイメージがあった。

店には時折お客様がやってくる。常連のお客さんであったり、新規のお客さんであったりするが、来店したお客さんはどちらなのかは子供の私にも容易に区別できた。常連のお客さんは、ゆっくりとお茶を飲み世間話をしながら長い時間お店にいた。全く商品を見ない時もあったが、おもむろに商品を見て買って行く場合もある。祖父は時間が長くなっても嫌な顔一つせず話を聞いていた。むりやり商品を勧めることもなく、何も買わずに帰っても何ということはなかった。

新規のお客様の場合、言葉遣いが違っていた。初めはやや丁重に話をしているがだんだんと普通の口調に代わって行く。お客様との心が通じる頃合いを見計らっていたのかもしれない。お客様が求めている商品が分かると棚から取り出して広げて見せていた。

どちらにしても、来店されたお客様の欲する商品を適切に見せて勧めていたように思える。何も不思議なことはないが、近所のお菓子屋さんやお茶屋さんと同じように来店されたお客様に商いをしていた。私は、呉服屋の商売は、お菓子屋さんやお茶屋さんと同じだと思っていた。

しかし、私が飛び込んだ呉服業界はまるで違うことを京都の問屋に入る早々に思い知らされた。

つづく

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です