Ⅴ ⅱ きものは高い?(その2)

きものは中から外まで(襦袢から帯まで)揃えると数十万円になると思っている人が多い。さて、翻って考えてみよう。

きものは日本人の衣装である。形態は少しずつ変わってきたとは言え、歴史的に日本人は皆きものを着ていた。身分の高い人も低い人も。もしも、きものがそれ程高価であれば、日本人は古来相当に裕福だったのだろう。しかし、そんなことはないのは誰でも分かる。

日本人皆きものを着ていたのだからきものが全て高価であるはずがない。身分の高い人達は高価なきものを着ていただろうけれども、数的にそれは少数で、圧倒的多数の庶民が着ていたきものは庶民が十分に手の届く価格であったことは間違いない。

総じて言えることは、「きものは高い」と思う感覚はどこかがおかしい。きものを見れば、どんな着物でも「○十万円」と思ってしまうのは何かがそう思わせているのだろう。

何故「きものは高い」と言う感覚が蔓延しているのか、詳しく解析してみよう。

まず、一番目に挙げられるのは、実際にきものが高い価格で売られていることである。今市場で売られているきものの多くが非常に高い価格で売られている。「非常に高い」と言うのは、流通過程の通常のマージン以上の価格設定がなされている

その原因は既に「Ⅰ.きものの価格形成」で述べているところで、一般的な流通の常識を遥かに超えた価格で売られているところに問題がある。しかし、本来これらは流通のアウトローとして捉えるべきなのだが、この「非常に高い」は、呉服業界においては少数派(アウトロー)ではなく、数的にメジャーになっている。華々しく商売をする呉服屋のほとんどがこの類である。消費者の目には、この「非常に高い」アウトローは、きものの主流と映っているに違いない。強力な勧誘、甘言によって販売される「非常に高い」きものを、消費者は「きものとはそんなもの」と受け取っているのである。

私はこれらの存在を無視したいし、消費者が気付いてくれるものと確信している。

きものの価格を論じるのにこれらは雑音でしかない。全国の心ある呉服屋は当たり前の価格できものを流通させているが、この余りにも大きな雑音が消費者をつんぼ桟敷に追いやってしまっている。

と言う訳で、多くの消費者が直面している価格は、きものの本当の価格を論じる上では例外的、あるいは論じるに値しない価格としか言いようがないので、これから論じるきものの価格は、(非常に少数派ではあるが)常識的な価格のきものを対象にしていると思っていただきたい。

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