Ⅳ ⅱ 呉服店の後継者(その2)

しかし、私は息子に呉服屋を継いでもらいたいとは思っていない。それは、呉服業界は急速に萎み、この先どうなるのか分からない。呉服屋は儲からないから。呉服屋は大変だから。そう言った理由からではない。

確かに呉服業界はこの先どうなるか分からない。商品の事、仕立の事、売上の事等々考えれば夜も眠れなくなる業界である。そういう意味では、そのような業界は他にも沢山あるだろう。いろんな人に聞いても、「うちの業界は本当に大変ですよ。この先やってゆけるかどうかわかりません。」そういった声が聞こえる。

山形の河北町はスリッパの産地である。かつてはメーカーが20社ほどあり、日本のスリッパの需要の大半を占めていたという。しかし、その数は次第に減り、現在は5社が残るのみである。

原因は中国から安い、所謂「すそもの」のスリッパが大量に入り、「すそもの」を作るメーカーは次々と姿を消していった。

中国の脅威というのも各業界を悩ませている一因である。しかし、河北町の残ったメーカーは、様々な工夫をして付加価値の高い商品を創って生き残っている。私の店でも頼まれて商品を置いているが、それを見たお客様は、中国製とは比べ物にならない創りの良さ、履き心地に惚れて、少々高価なスリッパでも買ってゆく。

どんな業界でもいつまでも安泰とは思っていないだろう。常に創意工夫をしながら企業は生き残ってゆくものである。

呉服業界も大変苦しい状態にはあるけれども、座して死を待つばかりではなく創意工夫をしながら商いをする方法もあるだろう。また、同じ死を待つにしても美しい死に方を模索することも出来る。私はどちらかと言えば後者かもしれない。

日本の伝統文化である着物をぎりぎりまで守り人に伝えること。それを心情として呉服屋を続けることに充分に意義を感じている。

しかしながら、現在のこの業界のあり方は、別の意味で将来に希望が持てない。

どんな業界であれ、いくら苦しい業界であっても模範的な店(あるいはメーカー)が存在する。活気があり、商売も巧く行っている(儲かっている)。今こんなご時勢で、何故あんなに繁盛するのか、と思えるような店である。

もしも、自分の息子に跡を継がせるのであれば、「がんばって、あの店のようになりなさい。」「あの店に負けないような商売をして欲しい」、そんな店の存在が希望を持たせてくれる。

そういった店(メーカー)は、消費者の支持を得て商品が売れる。日本中また世界中の人達が喜んでくれる商品を創る。商品管理が行き届いていて、故障車が少ない。他のどの店よりも安くて美味しい。等々、いわば消費者の為の商品を創り、商いが世の為になっている企業である。そんな企業には利益が後で付いてくる。まさに商売の手本である。

しかし、そういう店は呉服業界には見当たらない。沢山売っている店、利益を揚げている店はある。しかし、もしも息子が呉服屋を継ぐとすれば、「あのような店になりなさい」「あの店を手本にがんばりなさい」という店は見当たらない。むしろ、沢山売っている店、儲かっている店に限って、「あんなことはしてはいけないよ」「あういう商法は商いの風上にもおけないよ」、と諭さなければ成らない店ばかりである。

それは私と他の店との商売に対する考え方の違いかもしれない。「商売は儲けること」と割り切れば、「儲ける為には何をやっても良い」ということになるのだろう。

業界で現在行われている商法については既に述べた。業界全体のあり方が、「儲ければ良し」の風潮になってしまっている。そんな業界に息子を飛び込ませることに私は抵抗を感じている。

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