月別アーカイブ: 2015年4月

Ⅱ-ⅶ 無料着付教室(その2)

着物を着たいと思う日本の女性は多くいる。まだまだ日本の着物は捨てたものではない。外国人の目には日本の着物がとても華やかに映るらしい。日本人の女性はどんな洋服よりも着物が似合うと思うのは私だけだろうか。

着物を着れない女性は着付けを習う。自分で着物が着れる様になると着物が着たくなる。そして、着物が欲しくなる。自然の流れである。

呉服屋で着付けを教えている処は多い。お客様が着付けを覚えてくれれば着物が欲しくなり、着付けを教えてくれた呉服屋で着物を仕立てる。これも自然の流れである。

呉服屋にとって、お客様に着付けを教えることは商売に繋がる。商売として極当たり前の話であるが、「無料着付教室」といわれるものの中には此れとは違ったものがあるらしい。

ある消費者が「無料着付教室」で買ったという江戸小紋を持ち込んできたことがあった。価格は20数万円だったという。「無料着付教室」では着付けを無料で教えるだけでなく着物を販売している。

その江戸小紋は見る人が見ればすぐに分かる捺染の江戸小紋である。通常の小売価格は6~7万円程度だろう。そして、その江戸小紋は先生のような人が、着物の講習会と称して「これは手で染めた型染めです。」と言って販売していたという。また、そのような展示会、販売会、講習会は度々行われると言う。

そのような話を聞くと、私はつい疑ってしまう。前述した「展示会」「消費者セール」などと同じように、あの手この手の商法ではないかと言うことを。

全ての「無料着付教室」がそうであるとは限らないが、無料で着付けを教えることを餌に消費者を集めているのではないか。そして、売るためだけの目的で商品の価値はないがしろにされていないのか。

無料で着付けを教えてくれることは業界にとってもありがたいことである。着付けを教えたお客様に着物を買っていただくことも問題はない。しかし、最近の業界の風潮にのり、消費者の判断を狂わせ、ただ売るため(買わせるため)だけの販売に繋がらないことを祈っている。

「展示会」「消費者セール」「無料着付教室」いずれも消費者にとって有用な面もある。しかし、今の呉服業界では落とし穴があることを自覚し、懸命な対応をしていただくことを消費者に望みたいものである。

Ⅱ-ⅵ 無料着付教室

着物が普及しない原因のひとつに着付けがある。「着物は着るのが難しい」「一人で着物が着れない」と言う言葉をお客様から聞く。着物の着付はそれ程難しいのだろうか。

昔は日本人皆が着物を着ていた。誰でも一人で着付けができていた。現代の世の中、着物が縁遠くなった為に益々着物が着れなくなっているのだろう。

特に女性の着物は、お端折りがあったり、帯の太鼓結びなど確かに着付けは難しいだろうと思う。しかし、私の母は着物を着るのに5分と掛からない。それでも着崩れすることなくゆったりと着ている。

私の女房も始めは1時間も掛かっていたが、最近は10分と掛からずに着ているようだ。

要は「慣れ」であり、毎日着物を着ていれば自ずと着付けは簡単にできるものらしい。

それでも最初は人に習わなければ着物を着ることはできない。Tシャツであれば、着たことのない人でも、どこに頭を通してどこに手を通せばよいのかが分かるだろう。まがりなりにも着ることはできる。そういう意味では、やはり着物は簡単ではないかもしれない。

着物の着方を習うのは、昔は親から教えてもらったのだろう。いや、教えてもらうと言うよりも親の着物の見よう見真似だったかもしれない。

私が子供の頃、寝るときは寝巻きだった。風呂から上がると寝巻きに腕を通して帯を巻かれていた。なんとなく着物が身についていたし、もしも洋服が無かったら、そのまま着物を着るようになったのだろう。

今は親の着物姿を見ることがない。偶の結婚式等で親の着物姿を見ることはあっても、親が着物を着るのを見ることはなくなっている。

今着物を着ようとする人は、全く無垢の状態から着付けを習わなければならない。それも専門に教える人でなければ容易に教えることもできない。昔の親は着付けの先生ではなかったけれども、自分が着物を着る姿を見て育った子供に着付けを教えるのはそう難しいことではなかっただろう。

今では着付教室がたくさんある。全国的な巨大組織となった着付教室もいくつかある。それぞれの着付教室で免状を発行して多くの生徒を抱えている。それはそれで着物の普及に役立っている。

着物を着る人がいなければ着物は売れない。その意味で着物を着る人、着れる人が増えてくれることを我々呉服屋は祈っている。

私の店でも着付けを教えている。着付教室などと大げさなものではなく、着付けを覚えたいというお客様に女房が教えている。

女房は着付けの免許等ない。ただ自分で何とか着物を着ることができる。そして、毎日着物を着ているだけである。着付け教室というよりも、「一緒に着物の着方を勉強しましょう」というものである。

巷では10年位前からだろうか、「無料着付教室」というのを聞くようになった。

「無料着付教室」とは無料で着付けを教えてくれる処である。従来の着付教室は授業料が結構高かったように思う。学校と言うのはお金がかかるもので、義務教育や高等学校、大学は国あるいは県や市からの補助金で成り立っている。2~300人程度の小学校でも体育館やプールがあり、校長先生始め多くの職員がその運営に携わっている。営利事業としてはとても成り立たない。

従って、着付け教室はじめ各種学校は多くの補助金を得られず授業料も高くなるのは否めない。

さて、そんな中にあって「無料着付教室」とはいかなるものであろうか。

Ⅱ-ⅴ 消費者セール(その4)

消費者セールであっても、自分のお客様は自分の責任で接客しなくてはならない。心ある小売屋さんはそうすると思う。

しかし、そうではない小売屋も増えてきている。

お客様を消費者セールに連れて来さえすれば着物が売れる。着物の知識が無い呉服屋でもお客様を会場に連れてくれば問屋、マネキンさんが着物を売ってくれる。そして、その売り上げは自社の売り上げとなる。そういったシステムができあがっている。

そのシステムに乗ろうとすれば、小売屋が注力すべきは、いかにしてお客様の足を消費者セールに向かわせるかにかかってくる。

商売のやり方として決して違法ではないし、効率よく売り上げを創り、利益を上げる方法としては重宝である。

しかし、呉服の商売果たしてそれで良いのだろうか。

今、消費者は呉服の知識がなくなっている。色々な意味でお客様をフォローしなければならない責任は、他の業界とは比べものにならないはずである。

商品を並べるだけの問屋、お客様を連れてくるだけの小売屋、売るだけのマネキンさん。そのオートメーションに乗せられるお客様にはどれだけのメリットがあるのだろうか。

価値の上乗せだけで付けられる価格、お客様の事情も分からぬまま商品を勧めるマネキンさん。商品知識も無く利益を得る小売屋。そのような危険が消費者セールに潜んでいるのは否めない。

消費者が小売屋に誘われて消費者セールに出向くことは悪いことでは無い。しかし、その落とし穴にはまらぬよう心構えをもつことが肝要である。

消費者セールに行く場合は次のような事に心がけてはいかがだろうか。

① 表示された価格が適正なのかどうかを徹底的に吟味する。

消費者は着物の価値がよく分からないと言うが、誘ってくれた小売屋に徹底的に説明を求めたら良いだろう。

「前回見た着物よりずいぶん高いけれども何故なのか。」

「高い着物と安い着物はどこが違うのか。」

「その呉服屋さんの店頭でも同じ価格なのか。」

欲しい着物が高いと思ったら、仮注文として後日他の店で比べてみる。

等の工夫が必要である。

② 誘ってくれた小売屋さん以外の人(マネキンさん等始めて合う販売員)に商品を勧められたら、その小売屋さんに説明された内容が本当にそうなのかを正してみる。自分の事を分かっている小売屋さんの見解をはっきりと聞くべきである。ただ売って利益を上げれば良いと思っている小売屋かどうかは反応を見れば推し量ることができる。

③ 小売屋さんが商品を勧めてきたら、何故その商品を自分に勧めようとしているのか説明を求める。心ある呉服屋であれば明快に答えてくれるはずである。行き当たりばったり、目立つ商品を何の考えも無く奨める場合もあるのだから。

Ⅱ-ⅴ 消費者セール(その3)

消費者セールは、問屋が設定して小売屋がお客様を集める構図である。それ自体は悪いことではなく、効率的に商売をするには良い商法ともいえる。しかし、最近はそれを逸脱する例も見られる。

呉服屋の役割は何であろうか。

呉服屋に限らず、専門店はお客様に専門的知識を提供しながら、お客様に最も満足頂ける商品を買って頂くのが使命ともいえる。

洋服でも食品でも、また電気製品や調度なども購入する場合は、お店の人に説明してもらい、分からないことがあれば質問して買う商品を選定する。少なくとも専門店であればお客様の質問や要望に応える知識と技術を持っていなくてはならない。

呉服という商売は実に奥が深い。他の業種も同じかもしれないが、呉服の知識を100%持ち合わせることは不可能かもしれない。それでも呉服屋は日々努力してお客様の要望に応えるべく勉強している。

しかし、消費者セールではそれがおざなりにされているケースも見られる。

小売屋がお客様をお連れして商売をするのであれば良いが、会場では小売屋がお客様とは隔絶してしまうことがある。

消費者セールでは、専門的にお客様の相手をする(商品を売る)「マネキンさん」と呼ばれる人が配置される。着物をきちんと着て、それぞれの商品を担当して売り場に配置される。大変愛想の良い面持ちで立っているが、それぞれ担当した商品を売るように指示されている。担当した商品の売れ行きがマネキンさんの成績になるらしい。

お客さんが自分の担当するブースの前を通りかかると声を掛けて商品を勧める。その商品を説明し実に巧くお客様に商品を勧める。お客様を連れてきた小売屋は何もしなくてもマネキンさんが着物を売ってくれる。

小売屋にしてみれば、自分の知らない商品知識を持ち合わせたマネキンさんがお客様を満足させてくれる様に思われるが実は問題が生じている。

呉服屋のお客様、とりわけ消費者セールにお連れするお客様となると、小売屋の上客さんである。そのお客様がどんな着物を持っているか、どんな時に着物を着るのか、価格的にどのくらいの物を望んでいるのか。そして、好みは等、十分に小売屋は知っているはずである。しかし、マネキンさんはお客様の事は全く知らない。ただ自分の担当する商品売ろうとしてくる。

私も昔消費者セールに行った時、次のような事があった。

そのお客様がとても買えそうにない高価な商品をしつこく勧める。私はその場に居合わせ、「その金額では支払いも大変ですからよく考えてください。」と雰囲気を壊さないようにお客様に諭した。しかし、そのマネキンさんは畳みかけるように、「支払いなんかいいですよ。ゆっくり払えばいいじゃないですか。ねえ結城屋さん。」と食い下がる。

お客様が支払いできるかどうかはマネキンさんには関係がない。ただ売ろうとするのである。

また、次のような事もあった。

私の店のお客様がマネキンさんに捉まり、商品を勧められていた。そのお客様は既に買い物を済ませている。それでも更に着物を勧めるマネキンさんに対してそのお客様が「もうあちらで決めましたので。」と言うと、そのマネキンさんは、「あら、そうしたらあちらの商品はやめてこちらにしたらどうですか。」と畳み掛ける。

マネキンさんはお客様の事情も小売屋の事情も分からずに商品を勧めるだけである。

そのような商いはお客様の目にはどのように映るのだろうか。

豊富な良い商品から着物を選べると思って来てみると、思いもよらない物を勧められる。小売屋の主人は自分の好みや懐状態も分かっていると思っているお客様には大変失礼な話である。

つづく