月別アーカイブ: 2014年12月

Ⅱ-ⅱ 店頭販売

「店頭販売」は商売の正道と言える。呉服屋のみならず商売の原点は店頭販売にある。

「店頭販売」と言う言葉は近代になってからの用語かもしれない。江戸時代以前にはどんな商売が主流だったのだろう。

呉服の商売で言えば、江戸時代には「ひいながた」と称するカタログで注文をとって商品を納めたり、商品を屋敷に持参して販売する「屋敷売り」が基本であった。どちらかと言えば「訪問販売」の部類かもしれない。商店街という概念も有ったかどうかはわからない。現代とはおよそ違った流通形態であっただろう。

しかし、江戸時代初期に三井越後屋の三井高利が現代の店売りに通じる商法を確立する。「店前売り」と「現銀掛値なし」である。その商法のおかげで三井越後屋はたいそう繁盛したと言う。

「ひいながた」や「屋敷売り」の対象となるのは限られた人達であったろうし、庶民にとって安心して着物を買える店として三井越後屋は支持を得たのだろう。

江戸時代の三井越後屋の繁盛を描いた歌川豊春や奥村正宣の絵には、数百畳もあると思われる店内で多くの客が着物の品定めをする様子が描かれている。その様は現代のデパートに群がる客を彷彿とさせる。

「店前売り」と「現銀掛値なし」は、商品の回転を早くして金利負担を軽減し、その分商品の値段を下げて万人に正札を提示すると言う商売の正道を意味している。現代のようにマスコミが発達していなかった江戸時代には、正札販売は庶民にとって今以上にインパクトがあったのだろう。

明治以後、情報が発達してくると価格をはじめ商品に関する情報は広く庶民に伝わってゆく。特定の人に対する閉鎖された空間でのソロバンは通用しなくなる。正札販売は当たり前のこととして受け入れられてゆく。

それ以後は、消費者が店に出向いて値札を見て買い物するのが当たり前に成る。消費者は値札の価格を見て判断して買い物ができるようになった。百貨店や商店街が充実してくると益々店頭売りは商売の主流となっていく。

それでも昔(それ程昔ではなく私が子供の頃)は、もちろん訪問販売もあった。「御用聞き」や「行商」である。

「御用聞き」は、各家庭を訪問して必要なものを聞いて後で商品を届ける商法だった。酒屋さんなどが主流だったようだが、酒類は重くて奥様方が運べないという事情もあったのだろう。また「行商」は、農家で採った野菜や果物をリヤカーにつけて売りにやってくる。

私が子供の頃、夏休みになると「〇〇婆ちゃん」と呼ばれる行商人がとうもろこしをつけてくるのが楽しみだった。

御用聞き、行商ともに今の訪問販売とは違って極自然の商売だったと思う。

呉服の場合はどうだろう。

店を張った呉服屋は店頭で販売していたが、一方で訪問販売もしていた。また「かつぎ屋」と呼ばれる呉服屋は店を持たずに得意先をまわる商売もあった。

それらの訪問販売は何時ごろから行われているのかは分からないが、私の祖父が地主の旦那衆に通っていたのと無関係ではなさそうである。

店頭での販売、店頭での買い物には、沢山の商品を見比べることができる、他の店との比較をしながら品定めができるというメリットがある。商品を並べる側の店としては、いい加減な値札は付けられない。三井越後屋の「店前売り」と「現銀掛値なし」は、そのまま消費者の利益になると共に、お店同士が切磋琢磨しあう場として業界にとっても良い方向へ導くはずである。

「店頭販売」は消費者が、必要な時に出向いて必要な物を、納得できる商品を納得できる価格で買える場であり、商売の正道と言える。
                                                        つづく

次回のUPは1月11日になります。

Ⅱ.きものの販売手法 Ⅱ-ⅰ 呉服屋という商売

呉服の商売は昔からある。昔と言うのは何時ごろまで遡るのかは知らない。しかし、呉服とは日本人の衣装なので、衣食住という言葉が示すように日本人の生活にはなくてはならない物なので、呉服が売買されたと言うのは遠い昔からだろう事は想像にかたくない。

江戸時代に大きな呉服屋は沢山あった。三越百貨店は三井越後屋呉服店、松坂屋百貨店はいとう呉服店、いずれも1600年代に創業している。因みに伊勢丹百貨店は明治時代創業の呉服店である。呉服の商売が経済的に大きな位置を占めていたのは間違いない。

その頃どのような商売をしていたのかは分からないが、当社は明治34年の創業と言うことになっている。明治34年は西暦で1901年である。1901年は二代目である私の祖父が生まれた年である。祖父が生まれた時には呉服屋を始めたと言うのは分かっているので1901年創業としているが、実はその数年前から嫁いできた私の曾祖母が呉服屋を始めたらしい。

私が昔の呉服屋の商売を知ることができるのはこの辺りからである。私が生まれた時曾祖母は亡くなっていたが、祖父より昔の商売について聞かされたことがある。

明治から昭和初期には、呉服屋は沢山有った。今で言うブティック、洋服屋であろうか。いわば衣料品店である。呉服屋には絹物を扱う店から「太物屋」と呼ばれる綿反をはじめ普段着を売る店まで差別化されていたらしい。

私の店では店頭で販売すると共に祖父は遠くまで自転車で商いに回っていたという。お客様は地主の旦那様である。特定の決まった旦那様を回っていた。

地主を相手とする呉服屋にはテリトリーがあったらしい。〇〇地区の地主は××呉服店というように。祖父は北部のT地区を回っていたが、自転車で1時間くらいのところである。今よりも道が悪く重い反物を積んで行けばもっと掛かったかもしれない。

相手をするのは地主の大奥様。地主の奥様は旦那様や自分の着物、息子や娘、嫁の着物をはじめ小作人に与える着物も選んでいたと言う。「地主の奥様は着物を買うのが仕事のようだった。」と祖父は言っていた。
地主の支払いは盆暮れ払いである。帳面に貯まった売り掛けを盆と暮れにまとめて払ってくれる。支払いの時、帳面を奥様に見せると目を通した上で、「この着物は誰の着物でしたっけ。」と聞かれることがあったと言う。そして、はっきり答えられないとその分は除いて支払われたと言う。父が子供の頃、集金に行かされた時は子供だったので地主の奥様は何も言わずに全て支払ってくれた。父は集金した金を持って帰ると全額集金したのを見てたいそう父をほめてくれたと言う。

地主との商売は、現在で言う訪問販売であるが、一般庶民は必要な時に店にやってきて着物を買って行った。当時は今で言う一般庶民の訪問販売も展示会もなかった。

戦後、財閥解体となり戦前の地主は土地や小作人を失い、往時の財力はなくなっていた。戦前は地主との取引に頼っていた呉服屋も方針を変えねば成らなかった。朝鮮戦争後日本のは高度成長期を向かえ、市民の購買力も揚がってきていた。終戦で物の無かった時代から這い上がり、購買力がつけば自ずから景気は良くなる。私の店も鍛治町と呼ばれた自宅を離れて商店街に出店した。当時の商店街は花盛りである。ほぼ全県から人が集まり買い物をして行った。私の店の名簿には未だに県内遠い市町村の顧客も載っている。今では郊外店が其処此処にあり、遠くの市町村からわざわざやってくる必要もなくなっている。

昭和30年代には着物は本当に良く売れたと言う。「着物は皆が欲しがるもの」というイメージである。
昭和30年代と言えば私の子供の頃である。子供の頃の「泥棒」のイメージは、人のいない留守中に家に忍び込みタンスを開ける姿だった。当時の泥棒は、衣類をはじめ物を盗んでいた。しかし、現代の「泥棒」は金、貴金属、情報を盗むというイメージではなかろうか。

時代は変ったものである。

昭和30年代から40年代に掛けて良く売れた着物も、その後販売量は次第に減少して行く。

業界は減少する着物の需要を指を加えてみている訳には行かない。あらゆる試みで需要の回復を狙っていた。

落ち込んだ需要を回復する手立てはいろいろある。「新製品の開発」「新分野の需要の発掘」など建設的な方法もあるが、呉服業界が選んだ道は、「販売方法」の工夫だった。

「訪問販売」「展示会販売」「消費者セール」「無料着付教室」など様々な販売法を用いて需要の減少を最小限に食い止めた様に見えるけれども、私はこの選択は呉服業界の誤った道であったと思う。売上が縮小しながらも健全に業界を保つべきであったが、それらの販売法によって呉服業界はあってはならない姿になってしまっている。

次回から、呉服業界ではどのような販売が行われ、それらはどのような仕組みになっているのかを解明したい。

Ⅰ-ⅶ 小売店の小売価格に対する感覚の麻痺

着物の上代、すなわち店頭における着物の価格がどのようにして決まるのか、また決めるのかについて論じてきましたが、上代価格は店によって、販売方法によって大きく異なることが判っていただけたと思います。

しかし、これまでの話は着物の価格を決める言わば方法論と言えるものですが、実は着物の価格の問題にそれ以上に係わっているのは、表題に挙げた「小売店の小売価格に対する感覚の麻痺」です。

商売をする者は、自分が売っている商品が他の店に比べて高いのか安いのか気になるところです。

連休の前日ともなると、大型電気店の巨大なチラシが何枚も新聞に折り込まれる。チラシには小さな文字で事細かに商品の価格が書いてある。私はそれを見るたびにそれぞれの広告企画担当者はさぞ大変だろうと思ってしまう。

大型電気店の戦いは熾烈を極めている。いかに相手よりも品揃えの良い店を造るかを争い、スクラップアンドビルドを重ねている。消費者にとって最も大きな関心事はその価格である。

消費者は新聞チラシを見比べながら、自分が欲しい商品はどの店が一番安いのかを探している。チラシに載せられた同じ商品の価格が他店よりも高ければ消費者は他店へと向う。広告企画担当者は他店よりも絶対に高い商品をチラシに載せないように気を使っているのだろう。他店よりも1円でも高ければ、商品が売れないだけでなく、その店のイメージを大きく傷つけてしまう。

電気店に限らず商売をしている者は少なからず他店の価格を気にしている。「お宅の店は高いですね。」というレッテルを押されまいと。

しかし、呉服業界ではその感覚は麻痺している。全ての呉服屋という訳ではないけれども、多くの呉服屋は自分の店の上代価格について他店の価格と比べることなどしない。他店の価格を気にしていたならば、これ程上代価格に差が出るはずがない。

商売とは「どの店よりも良い品を、どの店よりも安く、ジャストタイムに消費者に商品を供給すること」と思っている私には、このような感覚は既に商売の道をはずれているとしか思えない。何故このようなことがまかり通るのか。その原因に次のようなことが挙げられる。

呉服業界では着物という価値の分かりにくい商品を扱っている。

呉服業界は年々売上が落ちている。(30年前には2兆円といわれた呉服市場は現在2,000億円を切ったとも言われている。)

売上の減をカバーする為にあの手この手の商法が行われている。

以上のような事から、小売の現場では売る為の手法ばかりが先行し、商品とその価格はなおざりにされている。商品の価値は消費者にとって分かりずらい為に価格の設定には気を使うことが無くどんな価格でも平気で付けている。

「小売店の小売価格に対する感覚の麻痺」という現象は、呉服業界にとってさらなる弊害を起こしている。
価値が分かりずらい商品、上代を自在に設定できる商品ということになると、それを目当てに参入する業者も増えるだろう。売り方さえ工夫すれば、莫大な利益を上げられるともなれば本来呉服には関係のない業者も参入してくる。そして、着物の価値をないがしろにして商売を始められたら、ただでさえ将来の見えない呉服業界の行く末が心配である。

Ⅰ-ⅵ 二重価格と値引販売

少し前までインターネットで商品に二重価格を付けて販売しているページが多く見られた。

「標準価格880,000円を176,000円 8割引」と言うように。最近はそう言った表示を見かけなくなったので是正されたのだろう。

二重価格は昔からバーゲンで使われる値札である。値札に黒字の価格と赤字の価格が記入してある。黒地の価格は正価である。赤字の価格は値引きしたバーゲン価格を表している。誰でも知っていることだが、通常の価格より安く売るときに安さをアピールする値札である。

消費者は二重価格の値札を見れば、通常よりもいくら安く買えるのかが一目で分かる。より安く買いたいという消費者の心理に答える値札とも言える。

さて、黒地で記される正価とは、通常の販売価格である。多くの商品は通常価格が定められている。アパレルであれば、メーカーが正価を定める。季節はずれに成ればメーカーの定める価格が黒地で記され、割引した価格が赤字で記される。

消費者にとってはその商品がどのくらい安いのかを測る指標と成る。しかし、問題は黒字の価格「正価」が果たして正価なのかどうかが問題となる。

二重価格と類似したものに「値引商法」がある。商品の値引きをして消費者に購買を促す商法である。私の店にいらしたお客様から次のような事を何度か言われたことがある。

「お宅の店では値引きはしないんですか。うちに出入りする呉服屋さんは何も言わなくても半額にしてくれるんです。」
「この前呉服屋さんできものを買ったら帯をサービスしてくれました。」

いずれも私の店は値引きやサービスをしてくれないので高い買い物だ、という意味である。

果たしてそうなのだろうか。私の店で全ての商品を半額で販売したとすれば商売はなりたたない。そのような販売方法で成り立つとすれば、黒札「正価」を高くすることである。

10万円の商品に20万円の札を付けて、「半額に致しましょう。」と言えば商売は成り立つ。
そんなことができるのだろうか。ここに呉服業界の問題がある。

着物には「正価」と呼ばれる価格は存在しない。先に述べたように小売価格は各段階での付加価値、マージンの積み重ねである。商品のルートにより小売屋の仕入れ値はバラバラであり、それ以上に小売屋のマージンは自由裁量で決められる。従って、巷で10万円程度で売られているきものに「正価20万円」と付けることは可能である。

自動車や工場で作られる食品等ほとんどの商品は、正価が明確であり全国共通である。そのような商品であれば「正価」は購買価格の指標となるが、きものの場合黒札の「正価」は消費者にとって指標とは成り得ない。

消費者の利益を擁護する為には「二重価格や値引販売においては正価を信用してはならない。」と言わざるを得ない。私も呉服業界の中にありながらこのようなことを言わなければ成らないのは業界の恥としか言いようがない。しかし、消費者にきものの価格の正しい認識を持ってもらうことが業界にとって最良のことと思う。

それでは消費者はどのように振舞ったらよいのか。

二重価格にしても大幅値引きであっても小幅な値引きであっても、最終的に提示された価格がそのきものの真の価格であると思えば良い。「二重価格」、「正価」に目を曇らせることなく、自分が欲しい商品と最終的に購買する価格を比べてみることである。その価格が妥当であると判断したら購入したらよいし、正価よりいくら値引きされようともその価格が割りに合わないものと思えば購入は見送ったほうが良い。

正しい判断をする為には、より着物に対する知識を肥やすことが大事であり、それとともに二重価格や妙な付加価値などに耳を貸さないことが大切である。